第160回   満州こわい  1997.12.9




「どや、宴会も盛り上がってきたとこやし、ここらでみんな、こわいものの話でもしよか」
「こわいものの話? なんやそれは」
「つまりやな、わしらは普段世界中でぶいぶい言わせとるやろ。そやけど、これだけは苦手や、これだけはこわい、っちゅう弱点が一つくらいはあるはずや。それを告白して、酒の肴にしよ、言うわけや」
「そりゃ面白そうやな。ほならまずアメリカはん、あんた、何がこわいんや?」
「え、わしか? わしはやなあ、世界恐慌がこわい。しくしくしく……」
「なんや、泣き出しよったで。まだウシトラが残ってるんやなあ」
「それを言うならトラウマや」
「うむ。そうとも言う」
「そうしか言わへんで」
「そしたらイギリスはんはどうや?」
「わしは王室スキャンダルがこわい」
「それはまだ先の話ちゃうか」
「かまへんかまへん。どうせ誰もわからへんから」
「そやろか。ま、ええわ。そしたらドイツはんは?」
「浮気がエヴァにバレるのがこわい」
「うーん、それはこわそうやなあ……」
「なんや、えらい実感こもっとるな」
「いらんことは言わんでええんや」
「イタリアはんはどうや?」
「わしは鉄道ダイヤがこわい」
「そやなあ、ムッソリーニはんが首相になってようやく、有史以来初めて鉄道がダイヤどおり動くようになったからなあ」
「鉄道だけちゃうで。有史以来初めて郵便もちゃんと届くようになったんや」
「なんかそのネタ、えらいマニアックやで」
「それはそうと、おい、日本はん」
「は? なんでっしゃろ?」
「あんたさっきから、人の話聞いて笑ってるばっかりやないか。あんたのこわいもんはなんや?」
「え、わしか? わしのこわいものはなあ……うーん」
「もったいぶらずにはよ言えや」
「それやったら言うけどな、実は、満州がこわい」
「満州? なんでそんなもんがこわいんや。けったいなやっちゃなあ」
「そんなん言うたかて、こわいもんはこわいんや」

「……おい、見てみいや。日本はん、寝てしもたで」
「そや、ちょっと思いついたんやけどな」
「それはええ考えや!」
「まだ何も言うてへんがな。ええか、日本はんの枕元に、満州を置いとくんや。起きたらこわ〜い満州が目の前にあるんやで。ほんで、日本はんのこわがる様子を見て楽しもう、っちゅう趣向や」
「それは面白そうやな」
「君たち! そんな悪趣味ないたづらをしていいと思っているのかね! ……是非やろう」
「なんやそれはー」

「……なんや、いつの間にか寝てしもたようやな。ん? 枕元になんかあるで。……うわっ、満州やないか! こわい! こわいから食べてしもたれ。ぱくぱくぱく……。な、なんやこれは! 柳条湖やないか! ううっ、おそろしい。ぱくぱくぱく……。うわっ、蘆溝橋までありよる! これが特にこわいんや! ぱくぱくぱく……。ふう」
「こらこら、日本はん! こわいこわい言うて、全部食べてしもたやないか」
「そやそや。食べたかっただけちゃうんかいな。うそついたらあかんで」
「日本はん、ほんまは何がこわいんや?」
「うーん、今度は従軍慰安婦がこわい」


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