第179回   街頭インタビューの悩み  1998.4.26





「すいません、犬と猫、どちらがお好きですか?」
 梅田の街を歩いていると、突然そんな質問を受けた。
 アナウンサーらしき人物がマイクを向けてくる。後方にはテレビカメラをかついだ男もいる。何かの番組のロケだろう。
 さて、こういう場合は何と答えるべきか? 「犬です」とか「猫の方です」とか答えるのではあまりに芸がなさすぎる。やはりここは、気のきいたギャグの一つでも言ってウケを狙うべきだろう。
 犬といえば……犬もある毛は棒のあたり。いや、下ネタは避けた方がいいか。ええ、私はオーボエをやってるんで、犬の方が好きですね。負け犬のオーボエ。よし、これでいこう。
 といったことをわずか1ミリ秒の間に考えた……つもりだったが、実際はもう少し時間がかかっていたようだ。アナウンサーはすでに別の人にマイクを向けている。ちょっとくらい待っててくれてもいいのに。しかたなく、またとぼとぼと歩き始める。

「橋本内閣の財政改革法について、どう思いますか?」
 よし、また来た。今度は報道番組のようだ。
 ここで「え〜、よくわかんなぁい」などと答えてウケを取るのは簡単だ。しかし、これでは本当にわかっていないアホだと思われるおそれもある。それでは私のプライドが許さない。ここはやはり、ホントはわかってるんだけどわざとボケてるんだよ〜ん、ということがわかるような返答を考えねば。ううむ、かなりテクニックが要求されるぞ。
 ……あ、こらこら、まだ考えてるんだから、立ち去るんじゃない。……まったく、しょうがないなあ。

「クミドリア共和国の内戦について、どう思いますか?」
 よし、また報道番組だ。
 しかし……内戦なんかやってたか? というより、そもそもクミドリア共和国ってどこにあるんだ? まずい。知らないぞ。ここはなんとか、知らないということをごまかしつつ面白い返答を考えねば。うーむ。
 ……と考えていたらカメラはとっとと去っていった。よかったのか悪かったのか。

「今年のセ・リーグは、どのチームが優勝すると思いますか?」
 今度はスポーツ番組のようだ。
 実は、こういう質問が一番困るのだ。ここ大阪では、「今年はタイガースやで」「今年もタイガースはあかんなあ」、返答は基本的にこの二つしか存在しない。しかも二つとも、ギャグになっているようななっていないような微妙な位置づけである。さらにこれをちょっとひねった「今年もタイガースやで」「今年はタイガースはあかんなあ」も、さらにひねった「ジャイアンツと言うたら殴られるから、タイガースにしとくわ」「ドジャースやろなあ」「ガンバ大阪やろなあ」「PL学園やろなあ」も、使い古されたパターンだ。
 ここで新たなパターンを出すには、どうしたらいいのか。千里エキスポズを出すか。いや、それはマニアックすぎる。たけし軍団あたりで妥協しておくか。うーむ。
 ……と考えていたらカメラはまたも去っていった。

「ポスト構造主義における形而上学的思考と脱構築の差延作用のファロス的対立について、どう思いますか?」
 ううむ、それはやはり、自己同一性が真なる存在のモデルとされ、神のロゴスや理性や論理などの実体の底に原エリクチュールが働いているからでしょうな。
 しかしこれ、質問している方はちゃんと意味がわかってるんだろうな? いや、もちろん、答える私はちゃんとわかっているが。

「推理作家・森博嗣について、どう思いますか?」
 こらこら、そんなことを私に聞くんじゃない。ヤバいんだから。

「ホームページを閉鎖したのは誰のせいですか?」
 知らん知らん。私は関係ないぞ。

「あなたは宇宙人を信じますか?」
 宇宙人……。ああ、いやなことを思い出してしまった。
 昔、隣に宇宙人が住んでいたことがあった。なかなか気さくなやつで、何度か一緒に酒を飲んだこともある。そしてある日、その宇宙人から「5万円貸してくれ」と頼まれた私は、気前良く貸してやった。ところが、あろうことかその宇宙人は翌日に引っ越してしまったのだ。もちろん、貸した金はかえってこない。
 それ以来、私は心に誓ったのだ。もう二度と宇宙人など信じない、と。

「あなたはネッシーを信じますか?」
 ネッシー……。ああ、いやなことを思い出してしまった。
 昔、隣にネッシーが住んでいたことがあった。なかなか気さくなやつで、何度か一緒に酒を飲んだこともある。そしてある日、そのネッシーから「5万円貸してくれ」と頼まれた私は、気前良く貸してやった。ところが、あろうことかそのネッシーは翌日に引っ越してしまったのだ。もちろん、貸した金はかえってこない。
 それ以来、私は心に誓ったのだ。もう二度とネッシーなど信じない、と。

「チョットイイデスカ? アナタハ神ヲ信ジマスカ?」
 神……。ああ、いやなことを思い出してしまった…………。



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