第196回 目からウロコの落ちる話 1998.7.25
ふう。どうもこのところ、気分がすっきりしないなあ。
いや、原因はわかっているんだ、原因は。最近、目からウロコを落としていないからだ。あれは気持ちいいからなあ。モヤモヤも吹き飛ぶってもんだ。最低でも月に一度はやらないと欲求不満になるぞ。……いやいや、違うって、別にイヤらしい話じゃないってば。言ってるだろ、目からウロコを落とす話だって。
そう言えば、最後にウロコを落としたのはいつだったっけ。だいぶ前だよなあ。あれは確か、飛行機に乗ったときの話だった。
飛行機に乗り込んで、自分の座席を探していたわけ。で、一番前から順番に見ていくと、先頭は当然1だわな。2、3と続いて、4がないわけだ、4が。3の次が5になっている。なんなんだろうね、これは。テクノロジーの最先端にいるはずの航空会社でさえ、こんな迷信に支配されているわけか。まあ、羽田空港にはいまだに取り壊すと祟りがあるという祠が残っているくらいだから、しかたがないのかねえ。
でもやっぱりおかしいよな。これが病院とかだったら、まだ理解はできる。4号室の患者だけが死ぬってこともあるわけだから。しかし飛行機は違うぞ。4列目だけ落ちるってことはないぞ。落ちるときはみんな一緒だぞ。……というようなことをスチュワーデスに言ったら、その答がよかったね。4列目はすでに落ちてるんです、だからないんですよ、だとさ。
これで落ちましたとも。いや、もちろん落ちたのは飛行機じゃなくてウロコだが。この一言で、目からウロコが落ちたねえ。……え? くだらないって? いいじゃないか、こういうのが好きなんだよ、こういうのが。
その前にウロコを落としたのはいつだったっけ。だいぶ前だよなあ。あれは確か、会社で仕事をしているときの話だった。
誰かが仕事上で大きな失敗をしたわけだ。で、みんなでそれをなぐさめていた。まあ、内心ざまあみろと思っていたヤツもいたかもしれないけど、とにかく表面上はなぐさめていたわけだ。で、そのときに出てきた言葉が、七転び八起き、なんだよな。
おかしいだろ? 計算が合わないだろ? 七回転んだんなら、起きるのも七回のはずだ。八回も起きられるはずがないぞ。ということで、失敗したヤツなんかそっちのけでこれについて侃々諤々と議論が始まったわけだ。まあ、当然結論なんか出るわきゃないわな。
ところが、そこをふらりと通りかかった町の古老が……いいんだよ、古老が通りかかるんだよ、そういう会社なんだから……ぼそっと言ったわけだ。それは初期状態が間違っとるんじゃ。起きている状態から始めてはいかん、転がっている状態から始めなされ、さすれば計算は合うぞよ、だとさ。
いやあ、見事に目からウロコが落ちたねえ。……え? やっぱりくだらないって? だからこういうのが好きなんだってば。
そもそも、生まれてはじめて目からウロコを落としたのはいつだったかというと。そう、あれは忘れもしない、中学2年の夏休み……いやいや、違う。これはウロコを落とした初体験ではない。猫をかぶった初体験だった。
で、生まれてはじめて目からウロコを落としたのはいつだったかというと。そう、あれは忘れもしない、高校の卒業式の夜……いやいや、違う。これはウロコを落とした初体験ではない。鬼の居ぬ間に洗濯をした初体験だった。
で、生まれてはじめて目からウロコを落としたのはいつだったかというと。そう、あれは忘れもしない、ええと、忘れもしない、ううむ、忘れもしない…………すまぬ、忘れた。
昔話はともかくとして、久しぶりに目からウロコを落としたいなあ。といっても、こればっかりは落とそうとして落とせるものでもないし。
……ん? なにやら窓の外で声がするぞ。……ウロコ落とし? なんだ? 流しのウロコ落としか? 憑き物落としってのは聞いたことがあるけど、ウロコ落としってのは初耳だなあ。
おおい、ウロコ落とし屋! そうそう、こっちこっち。ここんとこウロコ落としもご無沙汰でねえ、ちょっくら落としておくれでないかい。そう、ウロコだよ、ウロコ。え? やだねえ、ウロコって言えば、目に決まってるだろう。体にウロコがあってたまるか、ワニじゃあるまいし。ウロコダイル、なんちゃって。……い、いや、今のは聞き流してくれ。
とにかく、あんたウロコ落とし屋だろ? ウロコを落として欲しいんだ。そうそう。……え、後悔? なんで後悔するんだ? 大丈夫だって、さっさとやってくれ。
……ん? なんだ、そのトゲトゲのついた道具は? え? ウロコ落とし? それでウロコを落とすのか? どうやって? ……ま、まさかそれで目を……お、おい、ちょっと待ってくれ。目からウロコを落とすってのは、そういうことじゃなくて……ぎゃあああああ!
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