第205回   三重衝突の悪魔  1998.9.3





『……次のニュースです。今朝未明、大阪市内の国道でバスとトラックと乗用車による三重衝突事故が起きました。この事故で、バスの乗客ら五人が死亡、八人が重軽傷を負っています。警察では現在事故原因を調査中です。なお、幸いなことに、犠牲者の中に日本人はいませんでした。……いやしかし、三重衝突とはまったく恐ろしいことです。三重こわい、なんちゃって』

 朝起きてテレビをつけると、まず耳に飛び込んできたのはそんなニュースだった。
 そうか、三重衝突か、すごい事故だなあ。まだ覚醒していない頭でぼんやりと考えていた。三重衝突、三重衝突。ええと、確かバスとトラックと乗用車と言っていたな。画面に映っていたのもその3台だ。でも、どこかおかしくないか? 本当にそれでいいのか? ちょっと考えてみよう。

 こういう問題は、論理的に思考しないとな。最初は演繹法でやってみよう。
 まずは衝突である。これは、車と車がぶつかることだ。では、二重衝突。これは、車と車と車がぶつかることだ。そして三重衝突。これは、車と車と車と車が……あれ? 車は4台必要だぞ。ううむ、どこかで間違えただろうか。
 ならば、次は帰納法でやってみよう。
 まずは三重衝突である。これは、車と車と車がぶつかることだ。では、二重衝突。これは、車と車がぶつかることだ。そして衝突。これは、車が……ええと、何とぶつかるんだ? 相手がいないぞ。この宇宙に存在する物体が車1台だけだったとき、そこには位置もなければ速度もない。学校もなければ試験もない。もちろん衝突もない。ううむ、やっぱりどこかで間違えているなあ。起き抜けで、まだ頭がボケているのだろうか。
 演繹法や帰納法で考えたのが悪かったのだろうか。というより、どうも演繹法や帰納法になっていないような気もする。こんな高度なテクニックを使わずに、もっと初歩的な理論で考えようか。

 車の数と衝突の数を比べてみると、衝突の数の方が常に一つ少ない。こんな設定の問題があったな。小学生のときに習ったような気がする。確か、なんとか算とかかんとか算とかいったはずだが。……そうそう、鶴亀算だった。車とバイクが合わせて5台あります。タイヤの数は全部で16本です。さて、車とバイクはそれぞれ何台あるでしょうか? ……いや、ちょっと違うような気がする。バイクが出てきたら話が混乱するばかりだ。
 そうそう、思い出した。植木算とか並木算とかパルチザンとかいうやつだ。池の周りに木を植えたり、道路に沿って木を植えたり、秘密基地の周りに木を植えたりする場合の計算方法である。……なんだ、これで解決するじゃないか。
 まずは、車と車が……いや、この場合は車に名前を付けておいた方がわかりやすいな。アリス・ベティ・クララにしようか。安藤・毒島・千葉にしようか。アホ・バカ・カバにしようか。いっそ、アボラス・バルタン星人・チャンドラーの方がいいかもしれない。それとも……いやいや、こんなところで悩んでいては話が進まないではないか。ここは単純に、車A・B・Cでいこう。まずは、車Aと車Bが……車エビが食べたいなあ……はっ、いかんいかん、また雑念が紛れ込んできた。
 真面目に考えよう。まず、車Aが車Bにぶつかる。これを、衝突1と名付けよう。次に、車Bが車Cにぶつかる。これが衝突2だ。最後に、車Cが車Aにぶつかる。これが衝突3である。ほら見ろ、ちゃんと車3台で三重衝突が実現可能じゃないか。つまりは、さっきのニュースで言っていた事故もこういう状況だったのだ。

 三重衝突の問題は解決した。これで安心して眠れるぞ。では、おやすみなさい。グウ……。




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