第220回   出掛けるときは恐れずに  1998.11.10





 人はなぜ出掛けるのか。
 その答は二つに分けられる。理由があって出掛ける場合と、理由もなく出掛ける場合だ。
 理由があって出掛ける場合はさらに二つに分けられる。家の外に用事がある場合と、家に居られない事情がある場合だ。それぞれのケースはさらに細分化できるが際限がないのでやめておくことにして、私もその日、出掛けることにした。
 私の場合の理由は、ちょっと一言では説明できないので後に詳述することにするが、とにかくその日の午前中に、私は外出したのだ。

 玄関を出て左へ進むと駅への道だ。
 この道はいつか来た道、ああそうだよ、いつも通勤で使っている道だ、などと口ずさみながら歩き始める。ふと前を見ると、前方から一人の女性が歩いてくる。知った顔だ。一軒置いて隣りに住む、梶原頼子四十六才主婦、まあ年齢はあくまで推定だが、その梶原さんに間違いない。道で会ったら挨拶する程度の仲で、さほど親しい関係ではない。
 さて、と、ここでちょっと悩むことになる。いつも悩むのだが、いったいどういう挨拶をすればいいだろうか。
「おはようございます」と言うには遅いし、「こんにちは」と言うには早い。「いい天気ですね」と言うほど晴れてはいないし、「降りそうですね」と言うほど曇ってもいない。「今日は暑いですね」と言うほど暑くもないし「寒いですね」と言うほど寒くもない。かといって、「お茶でもご一緒しませんか?」とか「海は死にますか?」などと言うわけにもいかないだろう。
 ううむ、どうすればいいのだ。困ったぞ。

 彼我の距離は約五十メートル。まだ遠い。挨拶できる距離まで近づく前に、なんとか考えをまとめなければ。道を変えて敵前逃亡するなどというみじめな事態だけは避けたいものだ。

 思い出した。こういうときの常套句があった。
「お出掛けですか?」と言えばいいのだ。時間にも天気にも関係なく使える万能のセリフである。「お出掛けですか?」と尋ね、「ええ、ちょっとそこまで」と答える。この会話に含まれる情報量はゼロだが、なあに、それでいいのだ。挨拶とはそういうものである。いわばこの会話は、純粋挨拶とでも呼べるだろうか。純粋挨拶であり、万能挨拶でもある。決まりだ。
 ただ一つ問題があるとすれば。家から出た者と家へ帰ってくる者がすれ違う場合、「お出掛けですか?」というセリフの優先権は帰ってくる者の側にある、という点だろうか。すなわち、現在の状況では梶原さんの側である。梶原さんに先に言われてしまっては、私は「ええ、ちょっとそこまで」と答えるしかなくなる。「ええ、ちょっとレンタルビデオ屋まで、いかがわしいビデオを借りに」とか「ええ、ちょっと新宿で雑文オフミがあるので」とか「ええ、ちょっと神の啓示を受けまして」などと答えてはならない。「お出掛けですか?」と言われた者は「ええ、ちょっとそこまで」と答えなければならないのだ。それがこの日本に生まれた者の掟である。

 彼我の距離は約三十メートルに縮まっている。梶原さんも私に気づいたようだ。

 しかし、状況はあきらかに私に不利である。はたして勝てるのか。勝つ方法はただ一つ、梶原さんを十分に引きつけておいて、相手が「お出掛けですか?」と言う寸前に私の方が言ってしまう、というカウンターアタックしかない。だが、この技には神業とも思えるタイミングが必要とされる。今の私のレベルで可能だろうか。
 握りしめる手の平に汗がにじむ。足が震える。しかし、顔はあくまで平静を装わなければならない。なかなかつらいが、これも自ら選んだ道だ、仕方ない。
 梶原さんは徐々に近づいてくる。まだだ。もう少し引きつけなければ。あと三メートル。あと一メートル。
 次だ、と思って最後の一歩を踏み出したとたん、梶原さんが微笑んで口を開いた。しまった。
「ちょっとそこまで、行ってきましたのよ」
 む。な、なんだその挨拶は。そんな挨拶はシナリオにないぞ。私は混乱した。どうすれば。いったい、何と答えればいい? 刹那のためらいの後、私は仕方なく答えた。
「……ああ、お出掛けでしたか」
 なぜだかわからないが、ものすごい敗北感に襲われた。




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