第221回   千住記念日  1998.11.12





 11月11日は「電池の日」だ、という話は昨日ウラの方にも書いた。
 なぜかというと、漢字で書くと十一月十一日、すなわちプラスマイナス・プラスマイナスになるからである。
 このように、何かの記念日というのは数字の語呂合わせで決められることが多い。3月3日は耳の日、8月7日は鼻の日、9月9日は九九の日、5月51日は蓬莱の日、87月10日は中古車の日、41月26日はハトヤの日、などである。まあ、電池の日というのは、厳密には「数字」の語呂合わせではないわけだが。

 そういえば、先日新幹線に乗っているとき、車内の電光掲示板にこんなことが表示されていた。
「11月9日は換気の日です」
 エアコンのメーカーの広告か何かだったと思うが、なぜ「換気の日」なのだろう、としばらく悩んでいた。どうやら、119(いいく)うき=いい空気=換気、ということだろうと推理したのだが、実をいうとこの推理には今ひとつ自信がない。他にもっときれいな語呂合わせがあるのではないだろうか。

 まあそれはともかく、本日は北千住駅の周辺をちょっと歩いてみたのだ。普段は乗り換えに利用するだけなので、何があるのか確かめるついでに雑文のネタでも探そうかという一石二鳥の作戦である。
 この北千住駅だが、北千住駅と南千住駅はあるのに単なる千住駅はない。駅の階段を降りつつ、これはちょっと珍しいのではないかなどと考えていたとき、こんなことを思いついた。

「なんや、最近は、あちこち遊び歩いてるそうやないか」
「ええ、北は北千住から南は南千住まで」

 どうも、今ひとつ面白くない。なぜ面白くないのか、をちょっと考えてみると。
 本来このギャグの面白さは、「常套句を使いながらそれを裏切る」というところにあるはずだ。すなわち、非常に広い範囲をあらわす「北は○○から南は○○まで」というフレーズを使いながら、実は非常に狭い範囲のことしか言っていない、というのがポイントである。さらに北千住と南千住という対句を盛り込んで花を添えている。では、なぜこれが面白くないのかというと、北千住と南千住の間は、非常に狭いというほど狭くはないし、千住という地名自体がそれほどメジャーでもない。何より、北千住と南千住の間にそれほど遊ぶところがあるとは思えないのが欠陥である。
 ううむ、すると、「西は西梅田から東は東梅田まで」の方がよかっただろうか。いや、いっそ「西は西ベルリンから東は東ベルリンまで」とか「西は西パキスタンから東は東パキスタンまで」とか。しかしこれは今の若者には通じないかもしれないなあ。どうでしょう、そこに立っている人待ち顔のお嬢さん。
 などと見知らぬ人にいきなり聞くわけにもいかず、ごにょごにょと口の中でつぶやきながら階段を降りて一階に出た。ここは大きめの食料品店になっていて、「鮮寿市場」との看板が出ている。なるほど、これで「せんじゅ」と読ませるわけか。なかなかしゃれたあて字である。

 この看板を見て、「忌み言葉」というものを思い出した。
 我らが日本国は言霊の支配する国、それゆえ昔から不吉な言葉は嫌われてきた。不吉な漢字はめでたい漢字に、不吉な言葉はめでたい言葉に言い換える、ということがおこなわれてきたのだ。たとえば、植物のアシ(悪し)をヨシ(良し)、猿(去る)をエテ(得て)、スルメをアタリメ、スリッパをアタリッパ、などである。
 おっ、この最後のやつはちょっと面白いかも。小ネタとしては使えるかもしれないな。どうでしょう、そこに立っている人待ち顔のお嬢さん。
 などと見知らぬ人にいきなり聞くわけにもいかず、ごにょごにょと口の中でつぶやきながら駅ビルを出た。ふと見上げると、「I○I○」とだけ書かれた看板が目に入る。

 そうか、ここにも丸井があったのか。さすが、丸井はみんな駅のそばだなあ、などとえらく古いCMを思い出しながら感心していたのだが、よく考えてみたら丸井は「○I○I」だから順番が逆である。するとこれは何の看板だ、そういえば、電車が南千住駅に着いたときも車窓から同じような看板を見た記憶があるぞ。
 働かない頭を無理に働かせて推理すること約三十秒、ようやく答にたどりついた。これは、数字の「1010」、すなわち「せんじゅう」と読むのだ。やっぱり千住の語呂合わせである。語呂合わせが好きな町だなあ。

 ……はっ、待てよ、するとやはり10月10日は「千住の日」とかいって、この辺の商店街は大売り出しなどをするのではないだろうな。そうだ、そうに決まっている。どうでしょう、そこに立っている人待ち顔のお嬢さん。
 などと見知らぬ人にいきなり聞くわけにもいかず、やはりごにょごにょと口の中でつぶやきながら駅前商店街の中へと一人歩いていく私であった。




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