第222回   ふるさとクーポンの悲劇  1998.11.17





「ご隠居さーん、いるかい? おーい、ご隠居さーん」
「なんだい、誰かと思えば熊さんじゃないか。いるかもいないかもないだろう。一間っきりの長屋なんだ、さっきからあんたの目の前にいるよ」
「おや、ご隠居、こんなところで会うとは奇遇ですなあ」
「何を言ってるんだい。で、今日は一体何の用だね?」
「そうそう、それなんですがね、あっしゃ、どうにもわからないことがあって、それでここはひとつ物知りのご隠居さんに教えてもらおうと思いまして……へへへっ」
「うむ、それはいい心がけだ。聞くは一時の恥、着飾るは志茂田景樹、というからなあ」
「ご隠居ご隠居、そのネタ、いったい何度使ったら気がすむんですかい?」
「まあまあ、そう固いこと言いなさんな。これを言わないと、あとが喋りにくいんだよ」
「へえ、横山ホットブラザースみたいなもんですかねえ。まあいいや、教えてもらいてえってのは、今あちこちで話題になってる、ふるさとビーフンのことなんですが」
「ふるさとビーフン? どっかの田舎が名産品のビーフンでも売り出したのかい?」
「……ううむ、違ったかな。なにしろうろ覚えなもんで。ええと、そうそう、ビーフじゃあなかったな。チキン。これも違うな。ポーク。そうそう、ふるさとポークン。おっ、これは近いぞ。そうだ、思い出した、ふるさとクーポンだ!」
「おいおい、そこまで遠回りしないと思い出せないのかい。まあいい、ふるさとクーポンだったらわしもよく知ってるから教えてあげよう。いいかい熊さん、ふるさとクーポンってのはな、政府が考えた景気刺激策の一つで、国民に二万円の商品券を配ろうってえ話だよ」
「え? しょ、商品券がもらえるんですかい? タダで? そりゃあすげえや、ありがたいこった。いやあ、さすがは小渕総理、偉い! 平成の名宰相と呼んであげよう!」
「ずいぶん調子がいいねえ。でも残念ながら、熊さんはもらえないよ」
「……へ?」
「この商品券は、十五歳以下の子供と六十五歳以上の年寄りしかもらえないんだ。熊さんはかみさんと二人暮らしだろ? 残念だったねえ」
「そ、そりゃねえよ、ご隠居。ぬか喜びさせやがって。ちくしょう、小渕のやろう、おかしなことをするんじゃねえ! ボケ首相、無能首相め!」
「まあまあ、落ち着きなさい、熊さんや」
「んー、僕ちゃん、落ち着いてまちゅでちゅよー」
「……言っておくが、精神が幼児化してもクーポンはもらえんぞ」
「ちっ、バレたか。……ん? 待てよ? 六十五歳以上ってことは、ひょっとしてご隠居は……」
「う、うむ、もらえるってことになるかな」
「ああっ、やっぱり! ちくしょう、世の中はなんて不公平なんだ。ああ、神も仏もないものか。あっしはもう、生きていく希望がなくなったよ。しくしくしく」
「ほらほら、でかい図体して泣くんじゃないよ」
「それはそれとしてですね、ご隠居」
「ああっ、びっくりした。なんだい、嘘泣きかい」
「やっぱり、そういう不公平な配り方はマズいんじゃねえですかい?」
「うむ、そうかもしれんな」
「だって、中学生はもらえるけど高校生はもらえねえわけでしょう?」
「うむ、そうだな」
「中学生がこう、商品券持って歩いてますよねえ。わーい、今日はプレステのソフトの発売日だ! この商品券で買うぞ! るんるん!」
「うむ、そういうこともあるかもしれんな」
「すると、高校生が向こうから歩いてきますよねえ。ちっ、今日はプレステのソフトの発売日だってえのに、金がねえじゃねえか! チョベリバ!」
「うむ、ちょっと若者言葉に対する誤解があるような気もするが、そういうこともあるかもしれんな」
「おっ、商品券を持った中坊がいやがる。よし、あいつからカツアゲしてやろう。こら、そこのガキ! その商品券よこさんかい! な、なんですかあなたは。うるせえ、だまって渡せばええんや! そ、そんな。逆らう気か! ボカ! バキ! ドス! え、え〜ん、痛いよお。しくしく。ふん、大人しく渡せばケガせずにすんだものを……」
「う、ううむ、そういうこともあるかもしれんなあ……」
「でしょ? それから、六十五歳以上の年寄りもヤバいな。年寄りがこう、商品券持って歩いてますよねえ。わーい、今日はプレステのソフトの発売日だ! るんるん」
「ああ、もういい、その後の展開は予想が付くから」
「ちぇっ、これからいいところなのに」
「……熊さん、ひょっとして楽しんでないかい?」
「いや、そんな、とんでもねえ。でも、ご隠居も道を歩くときは気をつけた方がいいですぜ。ぐふ、ぐふふふふ」
「いやな笑い方するんじゃないよ、まったく」
「しかしご隠居、商品券ってのは、ずいぶん不公平なもんだねえ。子供と年寄りしかもらえないなんて。……はっ、そうか! ご隠居、今日はこれで失礼!」
「こ、こら熊さん、そんなにあわててどうしたんだい?」
「いやなに、年寄りと違って子供は今からでも作れますからねえ。さっそく帰って、かかあと……」
「おいおい、熊さん」
「一人二人じゃ物足りないからな、ここはやはり、五つ子か六つ子くらい作らねえと」
「おいおい、熊さん」
「む、ひょっとしたら、戸籍さえあればいいんじゃないか? だったら、とりあえず出生届さえ出せば、十人でも二十人でも……」
「おいおい、熊さん。なんか最近、妙な知恵が付いてきてないかい?」
「これもすべて、ご隠居にいろいろと教えてもらったおかげでさあ。ありがてえこって」
「……いやなお礼だねえ、どうも」
「へへへ。……はっ、そうだ、もう一つ思い出した! ひょっとして、田舎にいるあっしの親父も商品券をもらえるんじゃあ?」
「ほうそうか、親父さんはそんな年かい」
「でもヤバいな、最近は体が弱ってきて、そろそろくたばりそうなんでさあ。なんとか、商品券をもらうまでは生きていてもらわねえと」
「おいおい、熊さん」
「そうか、考えてみりゃあ、ホントは死んでたってかまわねえわけだ。なあに、死亡届さえ出さなきゃバレやしねえ」
「おいおい、熊さん。そんな親不孝なこと言うんじゃないよ」
「商品券をもらったら、親父に立派な墓を立ててやるつもりでさあ」
「……うむ、それなら親孝行だな」




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