第223回 牛丼教の最期 1998.11.24
牛丼教は滅びた。そう、滅び去ったのだ。
ならば、これを機会に、カレー教対牛丼教の数千年にわたる戦いの歴史をまとめておくのもいいかもしれない。そう考えて、筆を取った次第である。
もちろん、周知のように私はカレー教の一員である。銀のカレースプーンを口にくわえて生まれてきたと言われるほど、筋金入りのカレー教徒なのだ。しかし、ここではそれは忘れる。冷静に、どちらにも与することなく、中立的な第三者の立場で記述するので安心していただきたい。
知ってのとおり、牛丼教は世界中の人間に牛丼を食べさせようという邪悪な目的を持った宗教である。それに対抗するカレー教は、世界中の人間にカレーを食べるという福音をもたらす正義の宗教だ。
では、正義の使徒カレー教と邪悪な牛丼教の戦いが始まったのはいつ頃のことだろうか。確かなことは歴史の彼方に埋もれているが、人類文明の発祥とほぼ同時期であったことは想像に難くない。古代エジプトの遺跡から発掘されたピクルスには「最近の若い者は、牛丼教などという邪教にはまって……」という文章が記されているし、イースター島で発見された未解読の古代文字ロンゴロンゴにも牛丼教の悪逆ぶりが記されている。はるかな古代から、牛丼教は人類を支配しようと企んでいたのだ。
しかし、その牛丼教の世界征服の野望が今に至るも実現していないのは、ひとえに正義の使徒カレー教の活躍があったからに他ならない。カレー教は常に正義のために牛丼教と戦ってきたのだ。人類の歴史は戦いの歴史と言われるが、その戦いはカレー教と牛丼教の戦いであった。有史以来、世界各地で勃発した大小さまざまな戦争、表面上の理由はどうあれ、それらの戦争にはすべてカレー教と牛丼教がからんでいる。アトランティス大陸は牛丼教の陰謀によって海に沈んだし、トロイヤ戦争では「トロイの木牛」と呼ばれる巨大な木製の牛が使われた。チンギス・ハーンはジンギスカン鍋に牛肉を入れようとしてはるかヨーロッパまで遠征したし、織田信長は宣教師がもたらした牛丼を食べて第六天魔王となった。
近代の戦争も例外ではない。二度にわたる世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ジオン独立戦争から太陽系戦役まで、あらゆる戦争はカレー教と牛丼教の対立によって引き起こされた、と言っても過言ではないだろう。まさに聖戦である。
カレー教と牛丼教、この両者はなぜ対立するようになったのか。この理由も、今となってはさだかではない。光の戦士カレー教と闇の軍勢牛丼教が対立するのはある意味当然のこととも言えようが、やはり何かきっかけとなる事件があったはずだ。一説によると、カレー発祥の地インドで聖なる動物と言われている牛を使って牛丼を作ろうとしたのが始まりだとも言われている。まさに牛丼教らしい傍若無人な行為だ。
ではなぜカレーにもビーフカレーというものがあるのか、などという疑問を抱いてはいけない。そのような疑問を持つというのは、まだカレー教の教義を十分理解していない証拠である。そういう人は、一度ダマされたと思ってカレー教のセミナーに参加してもらいたい。悪いことは言わないから。きっとあなたも、生き方が変わるはずだ。さあ、我々とともに光りある素晴らしい人生を歩んでいこう。
話がそれた。
カレー教は常に、牛丼教の野望を阻止すべく粉骨砕身してきた。カレー教手強しと見たのか、牛丼教も近年では武力行使はやや息を潜め、マスコミ等を通じた洗脳政策に重点を置いてきたようである。しかしもちろん、そのような悪辣な行為をカレー教が黙って見逃すはずはない。同じくマスコミを通じて牛丼教と戦ってきたのだ。
牛丼教が「牛丼一筋八十年」というCMを作れば、カレー教も「おせちもいいけどカレーもね」というCMで対抗する。子供をターゲットにした牛丼教が『キン肉マン』を通じて宣伝すれば、カレー教も『秘密戦隊ゴレンジャー』でキレンジャーにカレーを食べさせて対抗する。牛丼教が砒素入りカレーを作れば、カレー教も砒素入り牛丼で対抗する。まさに一進一退の攻防が続き、永久に決着はつかないかに見えた。
しかしついに、牛丼教は降伏したのだ。カレー牛丼、なるものを売り出したのである。カレー牛丼。これは、牛丼教の全面降伏の証である。数千年に及ぶ戦いに決着がつき、ついに邪悪な牛丼教は正義のカレー教の足許にひれ伏したのだ。
牛丼教は滅びた。
だが、これで安心してはいけない。人の心に悪ある限り、必ずや第二第三の牛丼教があらわれて、世界の平和をおびやかすことだろう。その日に備えて、われらカレー教徒たちも力を蓄えておく必要がある。とりあえずは、降伏の証として差し出されたカレー牛丼でも食べることにしようか。う、うむ、なるほど、意外とうまいじゃないか。しかし、このカレーはちょっと邪魔だな。よし、次はカレー抜きの牛丼を食べてみよう。
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