第224回 時代はメルヘンチック 1998.11.26
「時代は今、メルヘンチック!」
なのだそうだ。今朝読んだ新聞の片隅にではなく、書店で見かけたある少女漫画誌の表紙に書いてあった。
そうか、今はメルヘンの時代だったのか。ムーミン谷の昆虫学者も有名になったものだ。それはヘムレンさんだって。などと、しょっぱなの軽いボケをかましつつ、その雑誌を手に取って考える。メルヘンチック、というのもおかしな言葉だ。
なぜおかしな言葉かというと。
メルヘンはドイツ語であるし、チックは英語の語尾だ。それを簡単にくっつけて和製英語、いや和製独語か、まあそれはどちらでもいいが、とにかくくっつけてしまうのだから無神経なことである。
しかし、ドイツ語と英語ならまだいい。どちらもヨーロッパ語であり、親戚みたいなものだからだ。その証拠に、エーベルバッハ少佐とエロイカはそれぞれドイツ語と英語で喋っているが、ちゃんと意志は疎通しているではないか。そういえば、パタリロとバンコランは何語で会話しているのだろう。たまに日本語のダジャレなど出てくるが、やはり日本語だろうか。マリネラ王国の国語は日本語なのか。ひょっとして、第二次世界大戦中は日本軍に占領されて日本語の使用を強制されていた、などという悲しい過去があるのではないだろうな。かつてマリネラの国技が相撲だったのもその名残りだろうか。
話がそれた。きっかけが少女漫画誌だったため、ついつい思考がそっちに行ってしまうのだ。元に戻そう。
しかし、ドイツ語と英語ならまだいい。どちらもヨーロッパ語であり、親戚みたいなものだからだ。日本語に英語の語尾をくっつけてしまうという行為の方が、さらに問題は大きい。しかもこれは最近始まったことではなく、かなり昔から頻繁におこなわれてきたようだ。嘆かわしいことである。
その嘆かわしい例をいくつか見ていこう。
まずは、ロマンチック。漢字で書くと浪漫チック。
日本語の浪漫に英語の語尾を付けた造語だが、歴史は古く、明治時代までさかのぼるようだ。いつの時代にも安易にこういう和製英語を作って喜んでいた輩がいるもので、まったく嘆かわしいことである。
次はドラマチック。漢字で書くとドラ待ちックか。本来はドラ待ちチックと言ったのだろう。
由来は麻雀用語である。ドラの単騎待ちでリーチをかけても、警戒されてなかなかあがれない。しかしそれだけに、あがったときの感慨もひとしおだし、点も高い。まさに劇的な瞬間である。そういった状況をドラ待ちックというのだ。最初に使ったのは阿佐田哲也あたりだろうか。
エキゾチック。漢字で書くと駅ぞチックだ。
国境の長いトンネルを抜けると雪国だった、とよく言われるように、長距離列車は異国へと続いている。その列車が駅へ到着したとき、人は異国情緒を感じるものなのだろう。そういう状態を駅ぞチックと呼ぶのだ。エキゾチック・ジャパン。
さらに、「駅ぞ」などとわざわざ擬古文を使っているところがなかなか技巧的である。しかし、どうせなら係り結びもきちんとして欲しかったぞ、秋は悲しき。
ペダンチック。漢字で書くと……ううむ、これは日本語ではないようだ。
では、何語だろう。その昔、『ウルトラセブン』にペダン星人というのが出てきたが、ペダン星語だろうか。このペダン星人は、神戸を舞台にした前後編『ウルトラ警備隊西へ』に登場した宇宙人で、かの有名な汎用人型侵略兵器キングジョーをあやつっていたのだが、実はこのキングジョー、本放映時は単に「ペダン星人のロボット」としか呼ばれておらず、キングジョーという名前は本放映後に命名されたものなのだ。知らなかっただろう、ふふん。
プラスチック。漢字で書くと……ううむ、これも日本語ではないな。
プラス思考でがんばろう、という意味だろうか。だとしたら英語だな。よし、許す。
などと考えていたら、ふと横からの視線を感じた。顔を向けると、女子高生が不審の目を向けている。そうだ、さっき手に取った少女漫画誌をずっと持ったままだったのだ。
ち、違うのだよ。おじさんはね、決して怪しい者ではないのだ。この少女漫画を読みたいと思っているわけではないのだ。これは、言語学のフィールドワークなのだよ。学術的な研究なのだ。
……などと、口の中でもごもごと言い訳しているうちに女子高生は立ち去ってしまった。ううむ、残念。って、何がだ。
まあいい。立ち去ってしまったものは仕方がない。そんなことより、フィールドワークを続けよう。そうプラスチックに考えると、別の少女漫画誌を取り上げた。その表紙には、こう書いてある。
「時代は今、オトメチック!」
ふむ、このように正しい英語を使っているのを見るとほっとするなあ。
そのとおり、現代はオートメーションの時代なのだ。
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