第238回   日本の景気を考える  1999.2.7





 先週は三日間、新潟へ出張へ行ってきた。
 この時期の新潟は寒い。想像を絶する寒さだ。寒さを表現するために、バナナで釘が打てるとか猫の舌に釘が打てるとかいうたとえを出すことがあるが、その程度の寒さではない。窒素で釘が打てるとかヘリウムで釘が打てるとかいうたとえを出したくなるくらいの寒さだ。
 このような冬の最中には沖縄などへ出張する仕事があればありがたいのだが、そんな都合のいい話があるわけもない。おそらく、真夏の酷暑の時期、北海道へでも行きたいなあと思ったときに限って沖縄へ出張する羽目になるに決まっている。仕事というのは、そういうものである。

 それはともかく、行きの上越新幹線の車内で妙なアナウンスを耳にした。
「上越新幹線をご利用いただきありがとうございます。ただいま車内の売店では、皆様のためにお土産を販売しております……」
 それに続いて、土産物の名前が列挙される。特に興味もなかったので聞き流していたのだが、最後の最後になってこんな代物が飛び出してきた。
「……景気回復ケーキ……」
 なんだそれは。そんな恥ずかしいものを売っているのか。いったい、いつから売っているのだ。いつまで売るつもりだ。ひょっとして、景気が回復するまで売り続けるつもりか。そもそも、倒産やリストラで失業した人々にそんなケーキを買うだけの余裕があると思っているのか。パンが食べられなければケーキを食べればいいのに、などと言っている場合ではないのだ。
 とにかく、そんな恥ずかしいものを売るのはやめてほしい。景気が回復するまで売り続けるというのなら、一刻も早く景気を回復させねばならない。いつまでも売り続けるのは国辱ものだ。個人的には日本の景気がどうなろうが知ったことではないと思っていたが、こんな事態になれば話は別である。景気を回復させる方法を、真剣に考えねばなるまい。

 さて問題の、景気を回復させる方法である。
 ううむ、と考え込んだが、何も思いつかない。そりゃそうだ。私のような素人がわずか数分考えただけで妙案が浮かぶなら、誰も苦労はしないだろう。このまま一人で悩んでいても何も思いつかないことは明白なので、とりあえず思考のきっかけになるような情報はないか、と思って先ほど駅の売店で購入した新聞を開く。お誂え向きに、こんなアンケートが載っていた。


 日本の経営者100人に聞きました。答は五つ。
 あなたの会社の景気はどうですか?

 よい:5人
 どちらかといえばよい:11人
 どちらかといえば悪い:29人
 悪い:49人
 わからない:6人


 なるほど、やはり「悪い」と考える経営者が多いようだ。「悪い」「どちらかといえば悪い」の合計で78人、実に78パーセントもの経営者が、景気は悪いと答えている。
 このアンケート結果をながめながら、私は考えた。
 要するに、景気がよいと考える者が増えればいいわけだ。景気というのは気分の要素が大きいから、よいと考える者が増えれば自然によくなる。だから、この「悪い」と考えている経営者たちをどうするか、であるが、「悪い」と考えている以上、その経営者たちの会社はうまくいっていないのだろう。このまま放っておけば倒産するに違いない。そして、倒産してしまえばもはや経営者ではない。その後、再びアンケートを採ったらこういう結果になる。


 日本の経営者22人に聞きました。答は三つ。
 あなたの会社の景気はどうですか?

 よい:5人
 どちらかといえばよい:11人
 わからない:6人


 なんと、実に73パーセントもの経営者が、景気はよいと考えていることになる。しかも、景気は悪いと考える経営者は一人もいない。見事に景気は回復したわけだ。実に簡単である。要するに、特に対策など講じなくても、このまま放っておけば景気は回復するのだ。

 ……と、ここまで考えてきて、なんだか不安になってきた。
 なぜ不安を感じるのだろう。論理的にはこれで完璧なはずなのに。どうやら感情の奥底で、まだ納得し切れていないようである。それも仕方ないか、論理というのは冷徹なものだからなあ。

 冷徹な論理というものはしばしば反発を生む。ここは次善の策として、別の方法も考えた方がいいのかもしれない。
 どうすればいいか。不景気の原因は第一に金が動かないことにあるのだから、みんながどんどん金を使うように仕向ければいいわけだ。と考えていると、東急百貨店日本橋店の閉店セールを思い出した。この不景気の世にありながら、あの閉店セールでは飛ぶように商品が売れていたのだ。価格の安さもさることながら、今買っておかないともう買えなくなる、という心理が働いていたのだろう。
 つまり、この閉店セールを全国的な規模でおこなえばいいのだ。では具体的にどうすればいいかと言えば、またそのネタかと呆れる人もいるだろうが、ノストラダムスの大予言である。今年の七月には恐怖の大王が空から降ってきて人類は滅びてしまう、そうなれば、いくら金を持っていたところで意味がない、だから今のうちにパーッと使ってしまおう、ということだ。
 だから、マスコミの人々にお願いしたい。ノストラダムスの大予言を大きく取り上げ、もっと危機感を煽ってもらいたい。なに、罪悪感など感じることはない。景気回復という崇高な目的のためだ。背に腹は替えられないのである。




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