第245回   免許がない!  1999.3.28





 スポーツもの、学園もの、恋愛もの、ミステリもの等、漫画には様々な分野があるが、その中で一大勢力を形成している分野が「無免許もの」だ。
 世間には、一定の免許なり資格なりを持っていないと従事できない職業、許されない行為がある。免許を持たずしてそれらの職業に従事し、なおかつ免許所有者も顔負けの天才的な手腕を発揮する……そういった人物を主人公にした一連の漫画を「無免許もの」と呼ぶ。
 この分野の漫画がそれなりの人気を保っているのはなぜだろうか。「免許を持つもの=権力」に対する「免許を持たないもの=反権力」といった対立の構図を作り、なおかつ反権力側が勝利をおさめる、というストーリー展開にあるのだろうか。それとも、免許を持たないということで自然と裏社会との接触が多くなり、ストーリーが面白くなるから、であろうか。まあ、その辺の分析は評論家にでも任せておいて、われわれ一般読者は素直に楽しんでいればいいのだが。

 無免許ものの嚆矢といえば、やはり手塚治虫の『ブラック・ジャック』だろう。天才的な手術の腕を持ちながら、なぜか無免許のままのこの男、今日もどこかで奇跡を生んでいるはずである。そして、有名どころでは、無免許の調理師・無免許のタクシー運転手・無免許の殺し屋などを主人公にした漫画もある。
 しかし、この分野の裾野は広い。まだまだ一般には知られていない作品が数多く存在するのだ。そういった、埋もれた作品を発掘して編纂した漫画シリーズがある。版元は、言わずと知れた夏声書院だ。この出版社はこういったマニアの琴線に触れるような企画を出してくるので、私のお気に入りである。
 この『現代漫画叢書・無免許漫画編』に収録されている作品をいくつか紹介しよう。


『福に徳あり』(原作・馬場浩明、作画・阿佐谷愛二、1987年)
 主人公・味岡秀一は築地の高級ふぐ料理店で働く腕のいい板前。しかし、彼には人には言えない秘密があった。
 実は、彼のふぐ調理師免許は戦後米軍との闇取引で財を成した父親のコネで某裏組織に依頼して偽造してもらったものなのだ。やがてこの父親が不審な事故で死に、彼は残された巨額の遺産を巡る裏組織との抗争に巻き込まれていく。父親の死因の謎を巡っての敏腕私立探偵との対立、父親に恨みを持つ執念深い元刑事の追跡、さらに生き別れの妹との兄妹愛を描いた痛快アクション。


『ユーカリが丘の第一書記』(作・朔月モトキ、1983年)
 第一書記という変わったあだ名を持つ熱血高校教師・岩崎ケンタロウ。しかし、彼には人には言えない秘密があった。
 彼は、教員免許を持たずして教鞭を執っているのである。三度試験を受けたがいずれも不合格となり、それでも教職が一生の仕事との思いが断ち切れずなんとかこの私立高校へ潜り込んだのだった。しかし、それを知ってしまったのが、校長の座を狙う野心家の教頭である。この教頭はあらゆる手を使ってケンタロウを学校から追い出そうと画策するが、生徒たちのケンタロウへの支持は厚い。そして、ついに全校集会の席でケンタロウの秘密が暴露され、学校全体を巻き込む騒ぎにまで発展して……。涙と笑いの青春ロマン。


『マシュマロ注意報!』(作・美咲ジュン子、1993年)
 花房あかねは地学部に所属する平凡な女子高生。しかし、彼女には人には言えない秘密があった。
 あこがれの飛鳥先輩のハートをゲットするため気象予報士の試験を受けたのだが、本当は落ちたのに「合格した」と言ってしまったからさあ大変。この秘密を守るため、いつもあかねの周囲は大騒動。そしてある日、ひょんなことから恋のライバルの涼子と天気予報対決をすることになってしまって……。明るくかわいい学園ラブコメディー。


『GO TO HEAVEN』(作・根津高倉、1998年)
 ジョージ山中は、街のパソコンスクールでインストラクターを勤める平凡な男。しかし、彼には人には言えない秘密があった。
 マイクロソフト製品担当の彼は、当然ながらMOT(マイクロソフト・オフィシャル・トレーナー)の資格を持っている……はずだが、実はこの免許は偽造されたものなのだ。そう、MOTとは世を忍ぶ仮の姿、彼の正体はアップルから派遣された秘密工作員で、マイクロソフト信者を洗脳してマックユーザーにするために日夜合法非合法を問わず奮闘しているのだ。しかし、ついに彼の正体がマイクロソフト側に知られてしまった。襲いかかる刺客「ゲイツの騎士」たちとの死闘の果てに、マイクロソフト本社の最深部で彼が目撃した衝撃の事実とは? 虚実取り混ぜて描く国際謀略サスペンス巨編。


『風の饕餮』(原作・高峯真希、作画・まつもと雪乃、1990年)
 小松崎香奈は測量事務所で働く才色兼備のキャリアウーマン。しかし、彼女には人には言えない秘密があった。
 表向きは土地家屋調査士の資格を持っているということになっているのだが、実は取得していないのだ。これには、彼女の出生の秘密が絡んでいる。そしてある日、奈良県明日香村南部で測量を行っていた彼女は奇妙なことに気付く。同一の祠が、まるで魔法陣を描くかのように綺麗に並んでいるのだ。この事実に気付いてから、彼女の周囲には次々と奇怪な事件が起こり始める。体中の血が抜き取られて惨殺されていた上司、突然回転を始めた亀石、夜な夜な夢枕に立つ巫女の亡霊……。これらの謎が一つの鍵で結ばれるとき、彼女の出生の秘密もまた明らかに? 古史古伝と最新テクノロジーが奇妙に融合する伝奇ファンタジー。


 いかがだろうか。どの作品も、漫画史に残る大傑作とまではいかなくても、それなりに楽しめる秀作である。機会があれば一度手に取ってみてもらいたい。
 しかし、こういった作品群を眺めていると、つい自分でも書いてみたくなるのが私の悪い癖だ。どんな「無免許もの」なら面白くなるだろうか。……そうそう、私の会社には「社有車免許」というものがあって、これがないと営業車などの社有車が運転できないのだ。こんな話はどうだろう?


『いっしょけんめいたみおくん』
 ドジでノロマで、決して嘘がつけない誠実さだけが取り柄の平凡な会社員・うえだたみお。しかし、彼には人には言えない秘密があった。
 ある日彼は、課長のお供で出張を命じられる。金沢まで運転手を勤めろ、とのことだ。しかし彼はまだ社有車免許を持っていない。そのため、出張の前日にあわてて社有車免許試験を受けたのだが、踏切でエンストしてしまい試験に落ちてしまった。仕方なく社有車免許がないまま出張に臨んだのだが、これが課長にバレたらと思うと彼の心臓はドキドキ……。


 ……あああダメだ、まったく面白くない。こんなことでは、漫画原作士の試験に合格することなど、とても望めないというものだ。




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