第248回   エルムばあさんの森  1999.4.7





 奥深い森の真っ暗闇の中に、不気味で怖ろしい大きなニレの木が一本、立っていました。
 まわりの木よりもずっと大きく、そして森でいちばん年をとった木です。幹は曲がってあちこちに節ができ、枝をいっぱいに広げて森に大きな影を作っています。その木は、エルムばあさんという名前でした。

 エルムばあさんは森の長老でしたが、森の動物たちからはきらわれていました。
 なぜって、暖かい太陽の光はエルムばあさんの枝や葉でさえぎられ、地面は昼間でも暗いままだったからです。おまけにエルムばあさんは、近づいてきた動物たちを、いつも追っ払っていました。リスが木の実を取ろうと登ってきたときは、枝をゆすって追っ払いました。キツツキが巣を作ろうと飛んできたときは、恐ろしいおばけのまぼろしを作り出しました。そのキツツキはおばけにおどろいて、遠くの木まで逃げていきました。
 そうです、ニレの木も生まれてから千年をすぎると、不思議な力が使えるようになるのです。おばけのまぼろしを作り出すことなど、簡単なことでした。
 今では動物たちは、エルムばあさんに近づこうとはしません。動物たちはエルムばあさんのことを恐ろしい、意地悪な木だと思っていましたが、そうではないのです。エルムばあさんは、騒がしいのがきらいなだけでした。動物たちが近づかなくなったので、エルムばあさんはのんびりとひなたぼっこができるようになりました。意地悪だと思われていても、気にしません。しずかに、太陽の光をいっぱいに浴び、のんびりとひなたぼっこができれば、エルムばあさんは幸せなのでした。

 そんなある日のことです。森の中に、二人の人間がやってきました。動物たちはあわてて逃げ出し、遠くの木のかげからびくびくしながらようすを見ています。
 やがて人間たちはエルムばあさんの前で立ち止まると、大きな紙を取り出して、それを見ながら話をはじめました。エルムばあさんは、人間たちの話を聞いてみることにしました。この森で人間たちの言葉がわかるのは、エルムばあさんだけだったのです。
 人間たちは、ゴルフ場を作る相談をしていました。この森の木をすべて切り倒し、地ならしをして芝生を植え、道路も作り、ゴルフ場にしてしまおう、というのです。
 さあ大変です。そんなことになっては、のんびりひなたぼっこなどできません。動物たちのすみかもなくなってしまいます。いや、エルムばあさんも切り倒されてしまうかもしれないのです。
 エルムばあさんは怒りました。そしてまた、おばけのまぼろしを作り出しました。今までにないこわい顔をしたおばけです。そのおばけを見た人間たちは、びっくりして走って逃げていきました。
 事情を知らない動物たちは、それを見て、ああ、またエルムばあさんが意地悪をしているな、と思いました。でも、エルムばあさんはそんなことは気にしません。人間たちを追っ払って安心し、またひなたぼっこを続けたのです。

 しかし、人間たちはあきらめませんでした。数日後、またやってきたのです。今度は五人に増えていました。動物たちはまたあわてて逃げ出し、エルムばあさんはまたおばけのまぼろしを作り出しました。そして人間たちもまた、おどろいて逃げていきました。

 さらに数日後、またまた人間たちがやってきました。今度は十人以上います。人間たちのようすはさまざまでした。のろいの木だ、おばけの森だ、といってびくびくしているもの。ゴルフ場なんか作ったらたたりがありますよ、といっておびえているもの。そんなばかな、おばけなんてこの世にいるわけがない、と元気いっぱいのもの。
 エルムばあさんは、またおばけのまぼろしを作り出しました。人間たちはほとんど逃げていきましたが、何人かは残っています。あわてるな、逃げるな、これはただのまぼろしだ。その言葉を聞くと、逃げていった人間たちもおそるおそる戻ってきました。
 エルムばあさんはどんどんおばけのまぼろしを作りましたが、人間たちはもう逃げません。びくびくしながらも、地面に棒を立て、縄をはって、いそがしくはたらいています。こうなっては、もうエルムばあさんにはどうすることもできません。いくらこわい顔をしているといっても、おばけたちはただのまぼろし。人間たちをやっつけることなどできないのです。

 そして次の日。人間たちは、ブルドーザーを持ってきました。この大きなニレの木がじゃまだから、いちばん最初に倒してしまおう、そんな話をしています。さあ大変です。エルムばあさんはどんどんおばけのまぼろしを作り出しましたが、人間たちは無視しています。シャベルを使って、エルムばあさんの根っこを掘りはじめました。
 エルムばあさんの足元がぐらぐらしてきました。なんだか力が抜けてきたようです。おばけのまぼろしを作り出す力もなくなりました。よし、もうこれくらいでいいだろう、人間たちはそういうと根っこを掘るのをやめ、ブルドーザーに乗ってエルムばあさんに向かってきました。足元がすごい力で押されています。エルムばあさんは、気を失いそうになりました。
 ブルドーザーはすごい力でエルムばあさんを押し倒そうとしています。やがて、根っこがめりめりと音を立てて地面から抜けました。もうおしまいです。エルムばあさんは覚悟を決めると、最後の力をふりしぼってブルドーザーの方へ倒れこみました。
 ブルドーザーは、エルムばあさんに押しつぶされて壊れてしまいました。運転していた人間も大けがをしています。人間たちはブルドーザーの中から運転手を助け出すと、のろいだ、たたりだ、と叫びながら走って逃げていき……。
 ……そして今度こそ、二度と戻ってきませんでした。

 とうとうエルムばあさんは死んでしまいました。
 エルムばあさんが倒れたとき、枝についていた木の実があちこちに飛び散りました。エルムばあさんの子供たちです。この木の実がやがて芽を出すと、大きく育って、立派なニレの木になることでしょう。

 人間たちが逃げていったので、動物たちも戻ってきました。倒れたエルムばあさんを見て、不思議そうな顔をしています。何が起きたのか、よくわかっていないようです。
 やがて一匹のリスが、地面に落ちた木の実を見つけました。リスは木の実を手に持つと、おいしそうに食べはじめます。ほかの動物たちも、それぞれ木の実を見つけ、食べはじめました。まだ枝にくっついていた木の実も取られ、どんどん食べられていきます。ついに、エルムばあさんの子供たちは、食べつくされてしまいました。
 いや、ひとつだけ残っていました。落ち葉の下に落ちたために動物たちに見つからなかった木の実が、たったひとつだけ。この最後の子供は、落ち葉のかげにかくれ、しずかに時を待っています。

 季節が移り、その木の実はわかばを出しました。緑色で小さな葉っぱがふたつ、地面から顔を出しています。太陽の光を浴びて、元気に葉っぱを広げています。
 そこへ、おなかをすかせた一匹の子ジカがとおりかかりました。そのわかばを見つけると、うれしそうに駆け寄っていきます。そしてむしゃむしゃと、根こそぎ食べてしまいました。
 エルムばあさんの子供たちは、ついに全員食べられてしまったのです。

 森は平和な時を過ごし、やがて数年がたちました。もう人間たちはやってきません。
 エルムばあさんの体は、腐って土にかえっていきます。動物たちは、この森にエルムばあさんというニレの木があったことなど、すっかり忘れてしまったようです。
 そして今日も、この森には、太陽の光が明るく降りそそいでいました。




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