第272回 怪人ラッコ男の恐怖 1999.8.16
世界は怪人で満ちている。
そう、『仮面ライダー』の昔から『人造人間キカイダー』『秘密戦隊ゴレンジャー』『星雲仮面マシンマン』『宇宙刑事ギャバン』『超電子バイオマン』『忍者戦隊カクレンジャー』『ひみむ戦隊ダジャレンジャー』『救急戦隊ゴーゴーファイブ』に至るまで、いや、もっとマイナーな番組まで数え上げればきりがないほど、悪の組織は次々と怪人を世に送り出していった。その数は、平成十年度の文部省統計によれば六千九百余体に及ぶとされてる。
これだけの数の怪人がいれば、それぞれのアイデンティティを主張するのも一苦労である。だいたい怪人というのものは動物、それも強そうな動物や怖そうな動物をベースに作成されてることが多いのだが、地球上にそうそう何百種何千種も強かったり怖かったりする動物が存在するわけはない。
初期の『仮面ライダー』のころはよかった。くも男・こうもり男・はち女・かまきり男・サラセニアン・トカゲロンなど、適当な動物を持ってきて「男」や「女」をつけたり語尾をちょっと変えたりするだけで立派に怪人の名前になったのだ。しかし、番組が進むうちに動物のストックも尽きてくる。そこで考案されたのが「二種類の生物を合体させる」という方法だ。サソリとトカゲを合体させた怪人サソリトカゲス、イソギンチャクとジャガーを合体させた怪人イソギンジャガー、カナリアとコブラを合体させた怪人カナリコブラ、バナナとワニを合体させた怪人バナナワニなどである。ちなみにこのバナナワニは、伊豆は熱川の熱帯動植物園で飼育されているとの話だ。
まあそれはともかく、適当な動物のストックが尽きてくると、あまり怪人にはなりそうにない動物までも仕方なく使われることになってくる。その筆頭が、ペットや家畜などの身近な動物たちだろう。たとえば、犬男、猫娘、牛女、馬女、ねずみ男などだが、この辺になると怪人というよりも妖怪である。
しかし、犬男や馬女ではあまりに弱そうだ。やはり、もう少しましな動物を使わねば。ということで、ロバキラー(スパイダーマン)、サルモズー(大戦隊ゴーグルV)、ヤギ怪人、クジラ怪人(仮面ライダーBLACK)などが登場したのだが、それでもあまり強そうには見えない。特にクジラ怪人など、下手に仮面ライダーが殺しでもしようものなら欧米諸国から抗議が殺到して国際問題に発展しかねない。……はっ、さてはそれが作戦か?
さらに鳥の怪人となると、クジャクモズー(大戦隊ゴーグルV)やシャモダブラ(宇宙刑事ギャバン)くらいだろうか。やはり、あまり強そうではない。ごく一部の人からは異様に怖がられている鳩の怪人が存在しないのが不思議である。鳩の、あの何を考えているのかわからない虚ろな目など、かなり怖いと思うのだが。もっとも、何を考えているのかわかったらもっと怖いぞ。
ことほどさように、怪人を考案するのはむずかしい仕事なのだ。こうなったら逆手を取って、かわいい動物たちを怪人にしてしまったらどうか。ミスマッチの妙で、意外と面白い怪人ができるかもしれない。
『戦慄の罠! 怪人ラッコ男の恐怖』
「というわけで、ラッコを改造した怪人だ」
「どうも、あまり強そうには見えないなあ」
「そんなことはないぞ。なにしろ、石という凶器を持っているからあなどれない」
「ははあ、すると暗い夜道の電柱の陰なんかに隠れて、人が通りかかったらいきなりその石で殴りつけるとか」
「それじゃあ通り魔だって。そんな卑怯なマネはしないぞ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「まず、その辺の池や川やプールでぷかぷか浮いておひるねをしているんだ」
「ほうほう」
「すると、子供たちが『わあ、かわいい!』とか言って無防備に近づいてくる」
「ふむふむ」
「そうしたら、脇の下に隠し持った石で、近づいてきた子供の頭をガツン!」
「そっちの方が卑怯だって」
『死の宣告! 怪人コアラ男が死を告げる』
「おいおい、なんかタイトルが馬から落馬してるぞ」
「気にしない気にしない、よくあることだ」
「で、コアラ男ってのは何をするんだ?」
「何もしない。ただ、このコアラ男を見た者は一週間後に死んでしまうんだ」
「なんか、どこかで聞いたような話だな」
「そして、この呪いを解く方法はたった一つしかない」
「それも、どこかで聞いたような話だな」
「その方法とは……実は、コアラ男は何人もいるのだが、中に一人だけ眉毛のあるコアラ男がいる。このコアラ男を見つければ呪いは解けると……」
「それも、どこかで聞いたような話……」
『悪魔のささやき! 怪人アライグマ男があなたの化粧をはがす』
「……これは怖いな」
「……うん、怖い」
『史上最大の危機! 怪人ナマケモノ男が今日も怠ける』
「なんだか全然怖くなさそうだけど。何が史上最大の危機なんだよ」
「いやあ、このナマケモノ男こそまさに最終兵器とも言える怪人なんだ」
「で、どんな能力があるんだ?」
「ナマケモノ男は、ナマケモノ菌をばらまくんだ。この菌に感染した者は、全員怠け者になってしまう」
「ううむ、やっぱりあまり怖くないような」
「そんなことはないぞ。……ええと、そうそう、もしナマケモノ菌が日本人全員に感染したらどうなる? 勤勉で働き者だった日本人が怠け者になってしまうんだぞ。日本経済崩壊の危機だ」
「でもやっぱり、あまり怖くないなあ」
「だから、ええと、日本人全員が怠け者になったらどうなる? サラリーマンは全員怠けはじめ、残業や休日出勤はなくなり、トラックや営業車も走らなくなって工場も操業を停止し、環境汚染もなくなって自然が戻り……あれ?」
「なんだ、いい話じゃないか」
「そ、そう、そうなんだ。子供向き特撮番組といえども、この程度の文明批評は盛り込まないとな」
「って、おまえ、それ今思いついただろ?」
『悲劇! 怪人モルモット男慟哭の叫び』
「これはだな、実験動物として人間に殺され続けてきたモルモットたちが立ち上がり……」
「だからもう文明批評はいいって」
第271回へ / 第272回 / 第273回へ
目次へ戻る