第290回 穴があったら 1999.12.12
穴といえば、こんな思い出がある。
子供のころ、そう、小学校の三年生か四年生の時だろうか。当時住んでいたところは住宅地とはいえ、少し歩けばまだ田畑があちこちに残るのどかな場所だった。学校からの帰り道には、よく友人と寄り道をし、畑の中や農家の庭先にまで入り込んで遊んだものである。
そして、ある初夏の日。私はいつのもの友人と二人で寄り道をしていた。陽気に誘われたのか、その日はいつもより足を伸ばして畑の中の小道をふざけながら歩いていくうち、いつしか私たちは小さな納屋の前に来ていた。周囲は畑に囲まれた狭い場所だ。今までに来たことのないところである。せっかくだから少し探検してみよう、と思って納屋の戸を開けようとしたが、残念ながら鍵がかかっている。一回りしてみたが高いところに小さな窓があるだけで、とても入れそうにない。壁に竹製の梯子が立て掛けてあるだけで、他にめぼしいものもなかった。しかし、がっかりとして帰ろうとしたときに、友人が地面にある穴を見つけたのだ。
一片が1メートル弱の、正方形の穴である。木の板で作った古ぼけた蓋がかぶせられていた。興味を持った私たちは、その蓋を持ち上げる。重かったが、二人がかりでなんとかはずすことができた。のぞき込むと、下の方に湿った地面が見えた。いったいこれは、何の穴だろう。しばらく上からながめていたが、それだけでわかるはずもない。やがて友人が、中に入ってみよう、と言い出した。そして、先ほど見つけた竹製の梯子を持ってくる。その梯子を降ろしてみると、なんとか下に届いたようだ。私は友人のあとについて梯子を降りていった。
穴の底は薄暗かった。外の天気にもかかわらず地面はじっとりと濡れ、空気までも冷たく湿っている。やがて闇に目が慣れてくると、横穴があることに気がついた。長くて深い横穴だ。どこまで続いているのか、ここからでは判然としない。行ってみようか、でもちょっと怖いな、と私たちが逡巡していると、上から怒鳴り声が聞こえていた。こら、そんなところで何をしている! 私たちはあわてて梯子を上る。そこには中年のおじさんが立っていた。すいません、ごめんなさい、ちょっとした出来心なんです、もうしません、許してください、友人はそんなことを言いながらひたすら頭を下げ続ける。私もその隣で黙って頭を下げながら、こいつ、ずいぶん謝り慣れしているな、などと埒もないことを考えていた。
とまあ、それだけの話である。あれ以来その場所には行っていないし、はたして何の穴だったのかもわからない。ひょっとして、戦時中に作られた防空壕だったのかもしれない。
穴といえば、こんな話を聞いたことがある。
第二次世界大戦中、南方の島々で戦う日本軍の前線基地には、穴が掘ってあった。直径は15センチほど、深さは5メートルもあるだろうか。かなり掘りにくそうな穴である。わざわざこんな穴を掘って、いったい、どんな使い道があるのだろうか。
実はこの穴、敵襲を受けたときに使うのだという。敵が攻撃してきて、手榴弾を投げ込んできた。これが爆発すれば被害は甚大である。そんなとき、素早く駆け寄ってその手榴弾をつかみ、先ほどの穴に投げ込むのだ。そうすれば爆風は真上に抜けるだけで、周囲に被害をもたらさずにすむのである。
という話だが、そうそううまく穴に投げ込むことができるとも思えない。気休め程度のものだったのだろう。
穴といえば、こんな話を聞いたことがある。
江戸時代、将軍は江戸城に住んでいた。当時はもちろん水洗便所などなく、すべて汲み取り式である。汲み取ったものは畑の肥料として再利用されるのが常だが、将軍のものだけは別だ。城内に深い穴を掘り、すべてそこに捨てていくのだ。将軍一人につき穴一つ、一生の間この穴を使う。最後には埋めてしまい、新たな将軍のためには新たな穴を掘るのである。
しかしこの穴、いったいどれくらいの深さがあったのだろうか。人間が一生の間に出す量がどれくらいが、溜めてみたことがないのでちょっと見当もつかない。穴が浅かったり将軍が意外と長生きしたりして、あふれてきた場合はどうするのだろう。案外、穴の寿命に合わせようとして暗殺された将軍などもいたのかもしれない。
穴といえば、こんな話を聞いたことがある。
マンホールの蓋は円形である。なぜかというと、蓋が間違ってマンホールの中に落ちないようにするためだ。三角や四角の蓋だと、斜めにすれば落ちてしまう。だから円形になっているのである。
さてここで問題。マンホールの中に落ちないような蓋の形は、円形だけではない。さて、他にはどんなものがあるだろうか。という問題に、「球」と答えた者がいる。ううむ、まあ、確かに落ちないけど。
穴といえば、こんな話を聞いたことがある。
数十件の放火をくり返していた男がついに逮捕された。さっそく担当の刑事が尋問をしたのだが、この刑事がちょっと席をはずしたすきに取調室の書類が燃えた。留置場に放り込んでも、ベッドのシーツが燃えた。担当官が念入りに身体検査をしても、相変わらず不審火は発生する。ついに男は衣服をすべてはぎ取られ厳重に施錠された部屋へ入れられたのだが、それでもその部屋の壁が焦がされてしまった。これはもしや。この男は発火能力を持つ超能力者なのではないか。半信半疑ながらも担当官は部屋に隠しカメラを設置して監視することにする。モニターで監視していると、一人になった男は驚くべき行動に出た。肛門から使い捨てライターを取り出したのだ。
この話はおそらく都市伝説であろう。なぜなら、身体検査をするとき、肛門は真っ先に調べられるからである。
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