第292回 独創ジグソー 1999.12.23
すでに街はクリスマスムード一色、商店街のあちこちにはクリスマスツリーが飾られ、サンタクロースのコスプレをした人々が『クリスマスセール実施中!』とか『全品一割引!』とか『30分6000円で大満足!』とか『PL学園』などと書かれたプラカードを持ってそぞろ歩いている。店先に貼られたポスターも『プレゼントには是非○○○を!』などと自分の店の売り物を勧めるものばかりだ。
そんな商店街をあてもなくぶらぶらと歩いていると、『プレゼントにはホワイトジグソーを!』と書かれた看板が目に入った。どうやらジグソーパズル専門店のようだ。ショーウインドウをのぞいてみると、ホワイトジグソーというのは何も書かれていない無地のジグソーパズルのことで、そこに恋人への愛のメッセージなどを書いて贈ろう、というものらしい。ううむ、それはそれで面白そうだが、相手を見てプレゼントする必要があるな。面倒くさがりだったら何年たっても完成しない、などということになりかねない。そういう無精な相手には、10ピースくらいのアンパンマンジグソーでもプレゼントしておくのがよかろう。
私だったらアンパンマンよりドキンちゃんの方がいいな、などと考えながら店内にはいる。ついでだから最近のジグソーパズル界の動向などをちょっと視察してみようと思ったのである。店内は意外と広く、種々雑多なジグソーパズルが並んでいる。正直、これほど種類があるとは思わなかった。
オーソドックスなのは、動物や風景の写真、名画など。ヌード写真も老若男女いろいろと揃っている。ホワイトジグソーのようにオリジナルジグソーパズルを作るコーナーがあり、その脇に特殊ジグソーが並んでいた。教育用なのか、日本地図を都道府県別にピースにしたものがある。ううむ、地理が好きな子供なら簡単に組んでしまうのだろうが、私は苦手だなあ。関西地方ならなんとかなるが、東北方面はかなりアヤしい。北海道など、どこにあるかさえわからない程だ。まあさすがに、沖縄県が日本海にあることくらいは知っているが。それにしても、沖縄県と本土の間の日本海に長々と描かれているあの柵は何だろう? オイルフェンスだろうか。
その隣には上級者向けの市町村別日本地図ジグソー、合衆国州別ジグソー、立体地球儀ジグソー、月球儀ジグソー、超立方体ジグソーなどが並んでいる。超立方体ジグソーには「3次元空間では組み立てられません」などと書いてあるが、そんなものを売ってどうするのだ。
さらに進んでいくと、まだまだ変わり物ジグソーはある。ホワイトジグソーにブラックジグソー、レッドジグソーにブルージグソー、スケルトンジグソーに厚底ジグソー、クリスタルジグソーに伊万里焼きジグソー。「バラバラになったジグソーパズルのピースの山」の写真をプリントしたジグソーまである。ううむ、こんなジグソーをやっていたら神経症になりそうだ。
もっと神経症になりそうなものもある。二つのジグソーパズルのピースを混ぜ合わせてあるものだ。ゴッホの『ひまわり』とダビンチの『モナリザ』などを同時に組み上げるのである。まあこの程度だとかなり絵柄が違うのでなんとかなりそうだが、『岩崎宏美の写真』と『岩崎宏美の顔マネをするコロッケの写真』が混ぜてあるもの、間違い探しになっているもの、少し違う角度で撮った二枚の写真が混ぜてあり完成するとステレオグラムになるものなど、とても普通の人間に組み上げられるとは思えない。
さらにその隣には世界最大56億7000万ピースのジグソーパズル、世界最小1ピースが水素原子より小さいジグソーパズルなどがあり、いいかげん食傷してきたところでレジが見えた。『掘り出し物あります』という手書きのビラが貼ってある。そうか掘り出し物か、こういうのに弱いんだよな、と思って店員に声をかけてみる。掘り出し物って、どんなものですか?
「はい、実はこれが、エジプトは王家の谷から掘り出された世界最古のジグソーパズルで……」
おお、それはすごいっ。……ってこら、そういう意味かいっ。
「いや、冗談冗談。本当はですね、これがもう、世界に一つしかない貴重なジグソーでして」
なるほど。
「完成すると、ロマノフ王朝の財宝のありかを示す地図があらわれるという……」
な、なんと。そんな貴重な物だったとは。欲しい。欲しいぞ。
というわけで、有り金をはたいて買ったのだった。
家へ戻ると、さっそく組みにかかる。全部で300ピースくらいか、それほど時間はかからないだろう。組んでいくにつれ、次第に地図があらわれてきた。どうやら、どこかの市街図のようだ。文字はロシア語、さすがはロマノフ王朝である。
そしてついに地図は完成した。中心あたりの建物に、赤で大きな×印がついている。そうか、ここだな。ここに財宝があるのだな。それにしても、この建物はどこにあるのだ。む、ロシア語で説明が書いてあるぞ。さっそく露和辞典を持ち出して解読してみると、そこにはこう書いてあった。
モスクワ美術館。
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