第316回 素晴らしい新社屋 2000.7.30
引っ越しである。
といっても私の家ではない。会社の方だ。京都駅前に新しい本社ビルを建てたのを機会に、セクションごと今の研究所から新社屋に引っ越すのである。夏休み明けの八月二十一日から、新社屋での仕事が始まる。すでに建物は完成し、今は内装の仕上げをやっている最中、との話だ。
できたてほやほやの新社屋で仕事ができるだから、こんなうれしいことはない。だから、どんなビルかもっと詳しく知りたいのだが、なかなか公式な情報が入ってこないのだ。あちこち聞き回ったけど、どうも断片的な情報ばかりである。しかし、その断片的な情報をまとめてみると、何とか新社屋の全貌らしきものが見えてきた。こういうビルらしい。
所在地は京都駅前。駅を出てちょっと西へ行ったところにそびえる十一階建ての摩天楼である。外から見ても十一階、中に入っても十一階建てだ。正面玄関を入るとそこは十一階までの吹き抜けになっていて、はるか上の天井からはフーコーの振り子がぶら下がっている。そして役員室のある最上階まで直行のエスカレーターが付いているのだ。
役員でない者が使うのはエレベーターか階段か登り棒だ。六基あるエレベーターは世界最速を誇り、自由落下より速く降下するという。一階はロビーと受付、二階は応接室と会議室、三階には食堂とラウンジと喫茶と居酒屋と大人のおもちゃ屋とノーパンしゃぶしゃぶの店が入るというから期待できそうだ。
四階から十階まではオフィスフロアである。内部には柱がなくてフロア全体を見渡せるようになっている。窓は超硬防弾ガラスでどこから狙撃されても大丈夫、さらに構内PHSも配備され迷子になることもない。そしてなんと各階に男女別トイレが付いているという豪華さである。ただし水洗かどうかは不明。さらに各階に車椅子用トイレ・安楽椅子用トイレ・電気椅子用トイレ・人間椅子用トイレ・三角木馬用トイレがあるらしい。楽しみである。
役員室のある最上階には一般社員は立入禁止だ。厳重なセキュリティシステムに守られており、侵入者はレーザー光線で足を狙い撃ちされて行動力を削がれる。さらに廊下には獰猛なドーベルマンと人喰いサメと人喰いコアラと人喰いアライグマが放し飼いにされていて、生きて帰れる者はいない。すでに工事関係者数人が行方不明になっているという噂だ。びくびく。
そして屋上にはフェリーポートがある。隣の家庭菜園には食堂で使う野菜のほか世界各国から取り寄せた植物が生い茂り、さながらジャングルの様相を呈している。上空からながめると木の枝を並べた「SOS」という文字が確認できるかもしれない。屋上遊園地も建設中で、ここで毎日上演される『未来戦隊タイムレンジャー』ショーは、仕事で疲れた社員の心を癒してくれるだろう。
最後は地下。ここには当然、秘密の実験室がある。やはり高圧試験室などでは「もっと電圧を上げろ!」「しかし、これ以上は危険です」「かまわん、やれ!」ビリビリビリビリ「ぎゃああああっ!」といった実験がおこなわれるのだろうか。さらに地下には座敷牢がある。嘉永元年から封印されているという開かずの間もある。おかずの間もある。ごはんの間もある。壁の奥からは黒猫の鳴き声が聞こえる。最深部には後醍醐天皇の埋蔵金や石田三成のへそくり、北京原人の頭蓋骨が隠されているとの噂もある。そして二条城の本丸に通じる抜け穴も掘られており、いざというときにも安全に脱出できるのだ。さすが危機管理は万全である。
こうして聞いてみると、なんだかとても面白そうなビルである。毎日楽しく過ごせそうだ。早く引っ越したいものである。
ええと、ところで私は新本社で何の仕事をするのだったっけ?
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