第317回 101本目のマヨネーズ 2000.8.7
今やサラダにかけるものと言えばドレッシングが主流になっているが、昔はそんなしゃれたものなどなかった。
昔の常識では、サラダ、いやそんなハイカラな言葉も聞くことは少なく、野菜、そう、野菜にかけるものと言えばマヨネーズだったのだ。私が二、三歳の子供のころなど、よく丸ごとのキャベツやキュウリやダイコンにマヨネーズをつけてむさぼり食ったりしていたものである。まあ、ダイコンはあまり美味しいとは言えなかったが。
その他、ゆで卵などにもマヨネーズをつけて食べることがあったが、いま考えてみるとちょっと奇妙なことをしていたようである。なにしろマヨネーズの原料は卵なのだ。たとえて言うなら、豆腐や納豆に醤油をかけて食べるようなものである。って、ううむ、それはあまり奇妙ではないか。では別の例を出そう。トマトにケチャップをかけて食べるようなものである。トウガラシにタバスコをかけて食べるようなものである。よし、だいぶ奇妙になってきたぞ。かつおのたたきにかつお節をのせて食べるようなものである。ライスにおかゆをかけて食べるようなものである。ブドウにワインをかけて食べるようなものである。ごまにごま油をかけて食べるようなものである。昆布に昆布つゆをかけて食べるようなものである。天ぷらに天つゆをかけて食べるようなものである。
まあそれはともかく、マヨネーズという食品、一体いつごろ誕生したのだろうか。
一説によると、十六世紀のフランスで生まれたらしい。考案したのはフランス貴族のマヨネーズ伯爵、この人は大のブリッジ好きだった。ブリッジと言ってももちろん、頭と足を床につけて体を仰向けに反り返らせる運動ではない。トランプのゲームのことだ。この伯爵、とにかくブリッジが大好きで、食事をする時間さえ惜しい。なんとかブリッジをしながら片手で食べられるものはないか、と思案した末に思いついたのがマヨネーズだ。マヨネーズなら片手に容器を持ってちゅうちゅうと口で吸えばいいだけ、簡単に食事ができるのである。ああ、書いているだけで胸焼けがしてきた。気持ち悪いから、この説は間違いということにしておこう。
その他にもいくつか説はある。地中海のミノルカ島のマオン港で使われていたソースを「マオンネーズ」と呼んだのが始まりだという説、川崎麻世が寝ずに考えたという説、源義経がジンギスカン鍋のために作ったという説、サルが木の洞に卵をためていたら自然に発酵してできたという説、小惑星衝突説、天智天皇暗殺説、阪神優勝説、ラッシャー木村最強説、暴走族暴走説、悪質ドライバー悪質説、羽毛布団羽毛説などである。どんな説なのかさっぱりわからないものもあるが、とにかく、マヨネーズの起源はいまだに謎に包まれているようだ。
マヨネーズと言えば、有名な怪談に「マヨネーズ妻」という話がある。と言っても、妻を裸にしてマヨネーズを塗りたくり、あ〜んなことやこ〜んなことをする、という話ではない。それは楽しいだけでちっとも怖くないではないか。こんな話だ。
ある男が妻をむかえた。美人で気立てもよくてよく働くという理想的な妻だ。しかも少食で、食事もほんのつまむ程度しか取らない。こりゃ食費が浮いていいや、と思っていたその男、ある日妻の留守に、食費がどれくらい節約されたのか調べてようとして家計簿をチェックしてみた。ところが、食費は意外にかかっている。しかもなぜか「調味料」に使っている金額が異様に多いのだ。不審に思った男がそれとなく妻を監視していると、夜中に起き出して台所に向かう。そっとあとをつけると、冷蔵庫からマヨネーズを取り出して、それをちゅうちゅうと一心不乱に吸っていたのだ。ううっ、なんと恐ろしい。
しかしよく考えてみれば、この妻は別に犯罪をおかしているわけではない。夜中にマヨネーズを食べて何が悪いのだ。世間から後ろ指をさされるようなことはしていないぞ。妙と言えば妙な癖だが、まあ放っておいてもいいだろう。と思ったその男、妻には何も言わずにそっとしておくことにした。その後も妻は、どんどんマヨネーズを食べ続ける。二十本、三十本、四十本……そして妻の食べたマヨネーズが百本に達したとき、恐ろしいことが起きたのだ。妻の体はぶくぶくに太り、見るも無惨な姿に変貌していたのである。
やはり、世間が許しても体が許さないのであった。ううっ、なんと恐ろしい。
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