第318回 ぬいぐるみラプソディ 2000.8.20
今、ぬいぐるみが大ブームである。
ブームだということは、ちょっと街を歩いてみればすぐにわかる。あちこちにぬいぐるみ専門店が店を構えているのだ。しかも新装開店の店が多い。ついこの間まで炭屋や提灯屋や寺子屋、あるいはダンスホールや歌声喫茶だったところが、次々とぬいぐるみ専門店に商売替えをしている。これだけ乱立してそれぞれやっていけるのかと思うほどだが、どうやらどの店もかなり儲かっているらしい。街を歩く老若男女ほとんどの人がぬいぐるみを抱えているし、もちろん私も外出するときはぬいぐるみを手放さない。最近のお気に入りはツノウサギだ。
私がツノウサギなどというマイナーな動物のぬいぐるみを持っていることからもわかるように、ぬいぐるみの種類も今や莫大なものになっている。何千種、いや、何万種あるのか見当もつかない。そこで、ちょっと実地調査をしようと思って、とあるぬいぐるみ専門店を訪ねてみた。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」
今もっともトレンディな職業、ぬいぐるみフィッターがさっそく声をかけてくる。二十代半ばくらいの、ちょっと松たか子似の女性だ。肩に乗せたぬいぐるみはイワトビペンギン、なかなか趣味もいい。
「いや、そろそろこのツノウサギにも飽きてきたので、次のぬいぐるみが欲しいな、と思いまして」
「でしたら、犬や猫はいかがでしょう? やはりこの辺りがポピュラーですし、種類も多いのでお好みのものも見つかりやすいかと。犬でしたらゴールデンレトリバーやミニチュアダックス、猫でしたらアメリカンショートヘアーやコーニッシュレックス、イリオモテヤマネコなどが、最近よく出ています」
「ううむ、あまり平凡なのはどうも……」
「ちょっと珍しいものがお好みなら、有名犬有名猫シリーズはいかがでしょう? 名犬ラッシー忠犬ハチ公、ベンジーにパトラッシュにヨーゼフ、ケンケンにシンドブックに人面犬、八犬伝の八房まで揃っています。さらに猫なら、ニャロメに小鉄にアントニオ、トラジマのミーにホワッツマイケル、タマになめ猫に長靴をはいた猫、アタゴオルのヒデヨシから鍋島の化け猫まで取りそろえておりますが」
「いや、犬とか猫とかじゃなくて、もっと珍しいものが欲しいのですが」
「そうですか。いちおう、哺乳類ならほとんどのものは揃っております。トラライオンパンダからアリクイ、ミツユビナマケモノ、フクロオオカミからハダカデバネズミ。マニアックなところではナゾベームやキンイロトビハナアルキなどの鼻行類、カモノハシからフキダラソウモンまで、もっとも、フキダラソウモンが哺乳類かどうかは学会でも議論のあるところですが。そして鳥類ならスズメハトカラスからトキ、コウノトリ、ダチョウにエミューに鳳凰火の鳥フェニックス……」
「い、いえ、もうその辺でけっこうです」
「あら、そうですか? あと爬虫類両生類魚類もいろいろと取りそろえておりますのに。ほら、天井に飾ってある実物大ジンベイザメのぬいぐるみなども、意外と人気があるんですよ。それから昆虫節足動物軟体動物棘皮動物環形動物腔腸動物、アメーバウイルス珪藻藍藻ゾウリムシ。最近の出物では、ホタルイカにアンモナイト、バクテリオファージにサナダムシ……」
「ううっやめてください。そういうのは苦手なんです」
「そ、それは失礼しました。では、人間ものはいかがでしょう? モーニング娘。から美空ひばりまで、歌手タレントはひととおり揃えていますし、その他イチローや松坂や野村監督、さらにビル・ゲイツやクリントンや橋本龍太郎や田中真紀子、石原慎太郎も。さらに漱石鴎外鏡花に八雲、三島由紀夫に太宰治。そしてそして、あまり大きな声では言えませんが、皇族の方々のぬいぐるみも……」
「そ、それはちょっとマズいのでは?」
「ええ、ですからこれは極秘ということで……。こういうのがお嫌いなら、オーダーメイドの人間ぬいぐるみはいかがでしょう? 愛する彼女のぬいぐるみを連れて歩いている人もけっこういますし、いくら誘ってもなびいてくれない、つれないあの子の等身大ぬいぐるみを注文される方もいます。さらには、自分自身の等身大ぬいぐるみを作って毎晩添い寝をしている方も……」
ううむ、そこまでいくとさすがの私にも理解不能だなあ。
「ひょっとして、無生物の方がお好みでしょうか? ポピュラーなところでは車や飛行機、船などがありますね。さらにスペースシャトルや宇宙戦艦ヤマト、遊星爆弾に反射衛星砲、ガンダムイデオンザブングル、マクロスバイファムからエヴァンゲリオンまで。もっとも、エヴァンゲリオンが無生物かどうかは学会でも議論のあるところですが」
そういうのも、けっこういいかもしれない。反射衛星砲のぬいぐるみなど、いざというときに役に立ちそうだし。
「その他建造物では大阪城や東京タワー、ピラミッドやベルサイユ宮殿、最近では明石海峡大橋や仁徳天皇陵のぬいぐるみなどが人気です。電化製品では冷蔵庫洗濯機にノートパソコン、目覚まし時計にMDプレーヤー。このMDプレーヤーのぬいぐるみなどは、実際にMDが聞けるという優れものでして」
「ぬいぐるみ界も、ずいぶん奥が深いですねえ……」
「日用品ではタンスにちゃぶ台に枕に布団。箸に茶碗にまな板包丁、つまようじに灰皿に鼻毛切りバサミなどはいかがでしょう? どれも、一見してぬいぐるみには見えない精巧な造りです」
「い、いや、そういうものじゃなくて、もっと珍しいというか誰も持っていないというか、これはすごい! と誰もがうなづくような究極のぬいぐるみはないんですか?」
「そうですか。そこまでおっしゃるのならお出ししましょう。少々お待ちください」
そう言うとぬいぐるみフィッターは奥へ引っ込み、しばらくして戻ってきた。しかし、手には何も持っていない。
「これです。これが究極のぬいぐるみです」
「で、でも、何も持っていないじゃないですか」
「これは、バカには見えないぬいぐるみなのです」
ああっ、やっぱりそのオチか!
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