第321回   秋の夜長に  2000.10.23





 秋の夜は長いなんてぇことを申しますが、本日もまたけっこうなお天気で。今夜もきっと素晴らしい夜になることでしょうが、そういうお楽しみはあとに取っておくことにして、今はしばし、私のお喋りにおつきあい願います。
 え〜、本日は鳥ガラもよろしく。いや違った。本日はモミガラもよろしく。いやこれも違う。本日は亡骸もよろしく。こらこら。などとさりげなく何気なく初っぱなの軽いギャグを飛ばしたりしていますが、本日はお日柄もよろしく、つい先ほど、秋野夕陽さんと照山紅葉さんは、つつがなく華燭の典をあげられました。まことにおめでとうございます。
 で、本日お寝間着をいただきまして、こうして僭越ながら高いところで喋っているこの私、笑福亭虎丸、実をいいますと新婦の父の会社の同僚が昔住んでいたアパートの管理人のいとこのメル友の兄にあたる、というはなはだ親しい関係にありまして、あ、ここで笑っとかないともう笑うところありませんので、ひとつよろしく、でまあ、そんな関係でこうやって余興と言うことで引っぱり出されたわけでございますが。つい口が滑って不適切な発言をしてしまうかもしれませんが、そこはひとつ、まあ芸人のやることだから、と、笑ってお許し願えれば幸いです。
 え〜、私事になりますが、この虎丸という名前を見てもわかるとおり、私、自他共に認めるタイガースファンでして……え? せっかくの披露宴で、そんな縁起の悪い話はするな? まあそう言わずに聞いてくださいよ旦那。って、誰が旦那やねん。まあ、新郎新婦、お二人の出会いに関係することですから、そこはひとつ。
 それはある秋の夜、新郎はいつものように甲子園球場に阪神巨人戦を見に行ってました。試合は例によって例のごとく阪神の大勝利に終わり、喜びを噛みしめながら一人駅へと向かう新郎の前に、数人の男が立ちはだかったのです。いや、裸で立っていたわけではなくて服は着ていましたが。見るとその男たちは手に手にオレンジ色のメガホンを持っていて、そう、彼らはあの、泣く子も黙る寝る子も育つという悪逆無道な巨人ファンだったのです。ああすいません巨人ファンの方、私も決して言いたくて言っているわけではないのです。ほら、この台本に書いてあるから仕方なく。
 どこに台本があるんや、というツッコミはさておき、その巨人ファンたちは相当気が立っておりました。何しろ連日連夜の連敗続き、阪神にも三連敗をくらったわけですから、切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もないほどだったのでしょう。いきなり有無を言わさず新郎に襲いかかってきました。新郎危うし、あわれこのまま暴虐な巨人ファンの餌食になってしまうのか? ああ神様、この哀れな子羊をお救いください。
 と思ったときに、どこからともなく現れたのがそこに座っておられる新婦であります。いやもう、その強いこと強いこと、邪魔をするなと襲いかかってきた巨人ファンをちぎっては投げちぎっては投げ、なにしろ柔道剣道空手そろばん合わせて十五段と二分の一という強さですからその辺の巨人ファンのかなう相手ではありません。やがて巨人ファンたちは這々の体で逃げ出し、みごと新郎の救出に成功したのです。「あの、せめてお名前を」と声をかける新郎に対して「いやなに、当然のことをしただけです」と答えてそのまま帰ろうとする新婦、その凛々しい姿に一目惚れした新郎は「好きです」の一言が言えたらよかったのですが、頭脳明晰なわりには口下手で気弱な新郎のことですから、それだけはどうしても言えなかったようです。
 さあそれから新郎の、新婦を探す旅が始まります。何しろ住所も名前もわからないわけですから、その探索の旅は苦難の連続でした。なけなしの勇気を振り絞って国内各地はおろか海外まで探し回り、富士の樹海に分け入ったり真冬の大雪山を縦断したり沖縄の海底でムー大陸の遺跡を発見したりロシアの巡視艇に拿捕されかけたりアマゾンの奥地でアナコンダと戦ったり南極大陸で氷漬けの使徒と遭遇したり、まさに波瀾万丈、全部話していればそれこそ一冊の冒険小説になりそうなくらいの物語なのですが、そういうことはすべて省略しまして、結局新婦がどこにいたかというと、なんと、新郎の隣の家に住んでいたのですねえ。まさに灯台もと暗し断頭台もっと暗し、メーテルリンクの『青い鳥』を思わせるような話じゃあ〜りませんか。ううっ、ええ話やなあ。ぐすんぐすん。
 とまあ、お二人のなれそめはこれくらいにしまして、つらつらと会場を見渡しますと、やはり新郎のお仕事の関係か各界の名士が勢揃いしているようです。ええと、そちらにおられるのは市議会の議長さま。ぎちょ〜ん! などと、無理矢理ギャグを飛ばしておりますが。そしてこちらは劇団屍鬼の座長さま。ざちょ〜ん! 警察署長さまに消防署長さまに税務署長さま。しょちょ〜ん! さらに大阪駅前大学の学長さま。がくちょ〜ん! ええ、ちょっと苦しくなってきました。そして旧ソ連から亡命してきた書記長さま。しょきちょ〜ん! もう苦しいなんてもんじゃないですね。ああんっ、あちらに幹事長さまが。幹事長も感じちゃう。などと、ちょっとパターンを変えてみました。そしてそして、こちらには府知事さまが。これで全員おそろいになりましたでしょうか。府知事だよ、全員集合! などとギャグの使い回しも織り交ぜながら喋っております。
 ええと、前置きはこれくらいにしておきまして、いよいよこれからが本題です。結婚生活で重要なもの、それは、四つの袋だと言われております。どんな袋かと言いますと、まずは胃袋。次に胃袋。そして胃袋。最後に胃袋。って、オマエは牛かいっ!
 ……え、なんですか? お時間? もうお時間ですか? これからが本題で、堪忍袋とか浮き袋とか池袋とかの話になるわけですが。え、まだこれから議長と座長と学長と書記長と幹事長と府知事のスピーチがある? ははあ、それは大変ですなあ。どうぞみなさま、お体に十分気をつけてがんばってください。特に新郎新婦のお二人はお気をつけて。秋の夜は長いし、スピーチも長い。そしてなにしろ、この披露宴のあとも、お二人の初夜はまだ続く。




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