第325回 鍋焼きうどんdeクリスマス 2000.12.25
クリスマスといえば鍋焼きうどんである。昔からそう決まっているのだ。
なぜそう決まっているのかというと、国会で青島幸男が決めたわけではなくて、ええとそうだな、そうそう、江戸時代。江戸時代に、ええと、シーボルトが決めたのだ。
長崎郊外の鳴滝村、ここに作られた鳴滝塾でシーボルトは門下生に医学を教えていた。西洋医学である。もちろん、教えることが許されていたのは医学のみ、それ以外の西洋の学問は固く禁止されていた。特にキリスト教などもってのほかである。そんな状況ではあったが、やはりシーボルトとて人の子、クリスマスともなればパーティーを開きたくなってくる。七面鳥の丸焼きとクリスマスケーキを食べながらシャンパンを飲み、サンタクロースのコスプレをしてプレゼントを配り、クリスマスツリーには電飾のイルミネーション、恋人たちは密着度を高めて『赤鼻のトナカイ』を歌う、それが敬虔なキリスト教徒の正しい姿だろう。シーボルトは、ひそかにクリスマスパーティーを開こうと考えた。
しかしここは故国を遠く離れた日本の地、おいそれと材料が手に入るわけではない。門下生を使いに走らせて用意をさせたが、もちろん七面鳥など入手できるはずもなく、買ってきたのは鶏肉だった。ケーキの材料の卵と小麦粉はなんとか入手できたが、ラム酒の代わりにカツオと昆布のだし、シナモンの代わりに長ネギ、フライドチキンの代わりに海老天、クリスマスツリーの代わりに鉄鍋であった。ううむ、これでいったいどうやってクリスマスパーティーをしろというのだ。シーボルトは悩んだが、その時何を思ったか突然門下生の一人が小麦粉を練ってうどんを打ち始めたのだ。そうか、いかなる偶然か神の恵みか、ここには鍋焼きうどんの材料が一式揃っているではないか。ならば鍋焼きうどんでパーティーをしてしまおう。
というわけで、シーボルトと門下生たちは鍋焼きうどんを食べ芋焼酎を飲んで騒ぎまくったのだ。門下生の一人、犬飼弥三郎が酔っ払って顔を赤らめていたので、とりあえず歌ってみる。♪真っ赤なお鼻の〜犬飼さんは〜。
とまあ、これがクリスマスに鍋焼きうどんを食べることになった由来である。決して、今この場ででっちあげて書いたわけではない。
そういうわけで、私は鍋焼きうどんを食べに品川に行った。鍋焼きうどんといえば品川である。昔からそう決まっているのだ。
なぜそう決まっているのかというと、黒海でゴルバチョフが決めたわけではなくて、ええとそうだな、そうそう、江戸時代。江戸時代に、ええと、江川太郎左衛門英竜が決めたのだ。
当時の品川に異国船打払令に基づいて砲台が築かれることになり、ええと、それから、……って、まあこの話は長くなるので省略しよう。決して、でっちあげが思いつかなかったからごまかしているわけではない。
そういうわけで、私は鍋焼きうどんを食べに品川に行ったのだ。
目指すは駅の東側にある品川インターシティ、最近完成したビルである。ここのショッピングモールに実演手打ちうどんの『杵屋』が入っているとの情報を極秘ルートから入手したのだ。この『杵屋』のチェーン店は京都駅地下街にもあり、メニューに鍋焼きうどんが入っていることは京都店の方でこっそりと確認済である。
品川インターシティは閑散としていた。照明は薄暗く、シャッターの閉まった店も多い。途中にあったコンビニなど、まだ午後六時前だというのに閉店準備をしているありさまだ。歩いている人もまばらである。いや、本当に「人」なのかどうかさえ定かではない。ううむ、休日のオフィス街とはこんなものか。人とも妖怪ともつかぬ者たちが跳梁跋扈する魔界なのか。
などと考えながら『杵屋』にたどり着いた。ここにも客が一人も入っていない。とりあえず席についてメニューをながめたが、なんと、鍋焼きうどんが見当たらないのだ。店員に聞いてみると、鍋焼きうどんはやっていない、と言う。何ということだ。品川店のくせに鍋焼きうどんがないとは。江川太郎左衛門英竜の故事を知らないのか。
などと店員に文句も言えず、かといってすでにお茶が出てきたのでそのまま店を出るわけにもいかず、仕方なくビールとトマトスライスだけ注文した。まあトマトはそこそこ美味しかったので鍋焼きうどんの件は許してやろう。
『杵屋』を出て、さらにあたりをうろうろしていると飲み屋のショーウインドウに「鍋焼きうどんセット」なるものを発見した。鍋焼きうどんにご飯と漬け物が付いていて、ご飯の分だけ鍋焼きうどんのボリュームが少なそうだ。ご飯を付けたらあかんだろう。ううむ、どうもこの店も江川太郎左衛門英竜の故事を知らないらしいな。
仕方がないので駅の西側に移動する。ひょっとしたらあるかも、と思いついて、馴染みの店、更科そばの『利休』に行ってみることにした。すると、あったあった、そば屋だがちゃんと鍋焼きうどんがあったのだ。さすが、この店は江川太郎左衛門英竜の故事を知っていたようだ。
というわけで艱難辛苦の末、ようやく鍋焼きうどんにたどり着くことができたのだ。嗚呼、夢にまで見た鍋焼きうどん、まさに至福の一瞬、わが生涯に一片の悔いなし、感謝感激雨あられ、ぐすんぐすん。
と店頭で興奮するのはそこそこにして店内に入る。やはりクリスマスだから豪華に行かなくては、ということで、注文したのは特上鍋焼きうどん。これが海老天と餅と卵が入っていてすごく美味しくて、なかなか有意義なクリスマスであった。こんな美味しい鍋焼きうどんが食べられるとは、これもシーボルトと江川太郎左衛門英竜のおかげである。
ところでこの鍋焼きうどん、どう見ても煮ているはずなのになぜ「鍋焼き」なのだろう。長崎の通詞が間違えて訳してしまったのだろうか。オランダ語の「煮る」と「焼く」は語感がよく似ていて間違えやすいからなあ。
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