第345回   胸はなくとも子は育つ  2002.2.3





 人はなぜ巨乳を求めるのか。
 いや、人は、ではなく、男は、と言い換えようか。昔から「巨乳・大鵬・卵焼き」と言われるように、男の子は巨乳が大好きである。もちろん、中には微乳や貧乳や虚乳が好きな者もいるが、彼らはフェチとかマニアとかオタクとかロリコンなどと呼ばれて忌み嫌われる存在である。一人前の社会人として認知されるためには、巨乳好きでないとならないのだ。
 そして女性の方も、その風潮に合わせて巨乳化の努力を怠らない。真空吸引式バスト増大器、シリコン埋め込み手術、バストアップ体操、豊胸マッサージ、バスト増大薬、自己催眠バストアップ術、ピラミッドパワーによるバスト増大法、持っているだけでバストがどんどん大きくなる幸運の人面石、タキオン粒子バスト増大機、悪魔王パズスとの契約による豊胸術など、枚挙にいとまがない。その努力には胸が下がる、いや、頭が下がる思いである。
 しかし、考えてみれば哺乳類の中でこれだけ大きなバストを持つのは人間と乳牛くらいのものである。他の動物は、乳首はあるが乳房はほとんど存在しない。子供を育てるためには、乳首さえあれば十分なのである。嘘だと思うなら、動物園に行ったときにメスの動物たちの胸をよく観察してみるとよい。この際、あまり変な目つきをしているとフェチとかマニアなどと呼ばれて忌み嫌われる存在になってしまうから、あくまでも学術的興味から観察しているのだという顔をすることが肝要である。そうすれば、猿などの霊長類であっても乳房はほとんど存在しないことがわかるだろう。猿の世界では微乳が当たり前なのだ。微乳が好きな者もフェチとかマニアなどと呼ばれて忌み嫌われることもないのだ。なんとうらやま……あ、いやいや。
 まあそれはともかくとして、なぜ動物の中で人間だけがこれほど大きな乳房を持つのか。ラマルクの用不用説のごとく、揉まれているうちにだんだん大きくなってきたのか。あるいは、地球に飛来した巨乳マニアの宇宙人が猿に遺伝子操作を施したのか。そういう説もないではないが、一番有名なのはイギリスの動物学者デズモンド・モリスが唱えたこんな説であろう。
 四足歩行の動物の場合、メスが発情しているかどうかはすぐわかる。ちょうどオスの顔の前にメスの尻があり、外陰部がむきだしになっているからだ。この外陰部が赤く充血しているのが発情のサインである。嘘だと思うなら、動物園に行ったときにメスの動物たちの外陰部をよく観察してみるとよい。この際、あまり変な目つきをしているとフェチとかマニアなどと呼ばれて忌み嫌われる存在になってしまうから、あくまでも学術的興味から観察しているのだという顔をすることが肝要である。そうすれば、外陰部の充血が発情のサインだということがよくわかるだろう。
 ところが人間は二足歩行を始めてしまった。こうなると外陰部は足の間に隠れて見えなくなってしまう。外からは、メスが発情しているかどうかよくわからないのだ。困ったものである。これでは、発情しているメスを見分けることができないではないか。そこらにいるメスを手当たり次第に襲うわけにもいかないし。ではどうすればいいか。オスからよく見えるところに、発情のサインを持ってくればいいのだ。それが、他の動物と比べて異常に大きな乳房である。乳房が発情のサインなのだ。街を歩いていると乳房を丸出しにした女性に会うことがたまにあるが、そういう女性は発情していると考えて間違いない。
 とまあそういうわけで、巨乳がセックスアピールになるというのはわれわれ人間の遺伝子レベルから刷り込まれた本能なのである。だから男性は巨乳を求めるし、女性は巨乳になろうと努力する。その努力は認めるが、やはり、不自然な巨乳化ではなく、自然な形で巨乳になってもらいたいものだ。もっとも、真空増大器と手術と体操とマッサージと薬と自己催眠とピラミッドパワーと人面石とタキオンと悪魔王パズス、どれが自然でどれが不自然かと言われるとなかなか判断がむずかしいが。
 一般的には、シリコン埋め込み手術などは不自然な方法と言われているようである。若いうちはいいが、年を取ってくると、全身しわだらけなのに胸だけはツヤもハリもあって美しい、などというはなはだ不気味な状態にもなりかねない。しかし、この手術にもいいところがあるのだ。この手術のおかげで命が助かったという人もいる。では、その人の証言をお聞きいただこう。

ミネソタ州、キャサリン・エドワーズさん(29)の証言:
「あれは、私が近所のショッピングセンターで買い物をしていたときでした。私は、少し前にシリコン埋め込み手術をしてバストを大きくしたところで、どんなブラジャーをつけようかとうきうきしながら下着売場を歩いていました。すると、遠くの方で何か人が騒ぐ声が聞こえてきたのです。
 何だろうと思って声のした方を見ると、覆面をした男がこちらに走ってくるではないですか。店員らしき人が『強盗だ!』と叫ぶ声が聞こえています。そしてその男の手には、拳銃が握られていたのです。それを見た私は、思わず悲鳴を上げました。すると、その強盗は怖い顔で私の方を見るなり、いきなり発砲したのです!。私は、胸に鋭い痛みを感じました。ちょうど心臓のあたりです。ああ、私はここで死ぬのか。私の意識は遠のいていきました。
 目をさましたのは病院のベッドの上でした。私は一命を取り留めたのです。でも確か、心臓を撃たれたはずなのに。すると、医師が私に話しかけてきました。これのおかげですよ。このシリコンパッドが、あなたの命を救ったのです。拳銃の弾は、心臓に達する寸前に、このシリコンパッドに受け止められていました。
 そうか、そういうわけだったのか。この、母の形見のシリコンパッド。亡き母の魂が、私の命を救ってくれたのでしょう。ありがとう、お母さん。このシリコンパッドは、私が不用になったときに、娘に譲ることにします」

 こういうこともあるのだ。殺し屋に命を狙われているような女性は、シリコン埋め込み手術をすればいいだろう。
 いや、女性に限った話ではない。巷にあふれるニューハーフの男性たち、彼らは、決して好きで女性化しているのではなく、殺し屋から逃げるためにやむを得ず、顔を変え姿を変え胸をふくらませているのかもしれないのだ。




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