第351回 いつもポケットに食パン 2002.12.1
ポケットにビスケットを一枚入れておいて、ポケットを叩くとビスケットが二枚に増殖するというのはよく聞く話だ。しかし、ポケットに食パンを入れておいても増殖したという話はあまり聞かない。「そんな不思議なポケットが欲しい」と歌われているが、この場合、不思議なのはビスケットの方ではないのか。
そもそも食パンをポケットに入れておくヤツなどおらんやろ、という意見もあるだろうが、そんなことはない。たとえば、さる生物学者(猿の生物学者ではない)の逸話にこんなものがある。
さる生物学者が、午後の講義の冒頭、学生たちに語りかける。
「今日の講義は、カエルの解剖をおこないます。カエルは、ポケットの中に用意してきました」
そしてその生物学者はポケットに手を突っ込む。ところが、ポケットから出てきたのは、カエルではなくて食パンだった。
「おかしいなあ。昼食はさっき、ちゃんと食べたはずなのに」
そもそも食パンと間違えてカエルを食べてしまうヤツなどおらんやろ、という意見もあるだろうが、そんなことはない。たとえば、アマゾン川に生息する「ピパピパ」と呼ばれるカエルのように平べったいカエルであれば、間違えてしまっても無理はないだろう。
まあこの話の教訓は、午後から実験を予定している者はポケットに実験材料を入れておいてはいけない、ということだろうか。カエルの解剖程度ならまだしも、放射性物質を扱った実験の場合は非常に危険であるので注意されたい。
それはともかくとして、食パンといえば耳である。なぜ食パンには耳が付いているのか。我が家の食パンを観察してみたが、どうも生物ではないようである。生物でないものに耳が付いているのはどういうことか。この場合の耳は、生物学的な意味での「耳」とは違うのだろうか。よくわからなかったので、百科事典で調べてみることにしよう。
と思ったら、百科事典がなかったのでことわざ辞典で調べてみた。
王様の耳はロバの耳:
ロバの国では、王様もロバである。あまりにも当然のことだ、との意。
馬の耳に念仏:
馬の体には念仏を書いておいたのだが、耳だけ書き忘れてしまったため、平家の落武者の亡霊に耳を引きちぎられてしまった。耳に念仏を書くのを忘れてはいけない、という戒め。
寝耳に水:
ハムレットの父王が、就寝中に耳の穴から毒を注がれて暗殺されたという故事に基づく。水だと思って油断してはいけない、という教え。
地獄耳:
福耳の対義語。上の方がとがった耳のこと。このような耳の持ち主は、迫害されたり恋人を殺されたりデーモンと大戦争をしたりという不幸な一生をおくることになる。(例:デビルマン)
……はっ、よく考えたら、地獄耳というのはことわざではないではないか。
やはり、というか何というか、やはりことわざ辞典で調べてもパンの耳についてはよくわからなかった。ううむ、いったいなぜ、生物でもないのに耳が付いているのか。耳といえば頭部に付いているのが常識ではないか。いったいどうなっているのだ。と悩んでいたら、耳が頭部に付いていない生物もいることを思い出した。コオロギやキリギリスなどである。これらの昆虫の耳は、足に付いているのだ。そんな馬鹿な、と思うかもしれないが、これはかつて、さる生物学者(猿の生物学者ではない)が実験で確認したことなので確かである。こんな実験だ。
その生物学者は、コオロギを捕まえてきて実験台の上に置いた。そして、「跳べ!」と声をかけた。すると、そのコオロギは飛び跳ねてどこかへ行ってしまった。
次にその生物学者は、コオロギの足をすべて切断した。そして「跳べ!」と声をかけた。しかし、コオロギはじっとしているだけで飛び跳ねようとしない。
その生物学者は結論づけた。すなわち、コオロギの耳は足に付いているのだ。
そうだ、この実験だ。食パンで同じ実験をしてみればいいのだ。食パンの耳を切断して、「跳べ!」と声をかけてみる。跳ばなければ、食パンの耳は本物の耳だということだ。さっそく食パンを用意しよう。
と思って台所を探したのだが、食パンが見あたらない。あちこち探したら、ポケットの中から食パンが出てきた。ん? おかしいなあ。昼食はさっき、ちゃんと食べたはずなのに。
第350回へ / 第351回 / 第352回へ
目次へ戻る