三年寝太郎という人物がいるが、彼は本当に三年間寝続けたのだろうか。
ひょっとして、二年十一ヶ月と二十五日しか寝ていなかったということはないか。あるいは、三年と七日も寝続けたということはないか。それでは看板に偽りありである。きっちり三年間寝続けた者にしか、「三年寝太郎」という名前を名乗ることは許されないのだ。
それなのに巷の書店では、『三年寝太郎』などという誤ったタイトルの絵本が堂々と売られている。困ったものである。小さい子供がその絵本を読んで真似したら危険きわまりないではないか。みんなで出版社に抗議して絶版に追い込み、謝罪と賠償金をせしめよう。
しかし考えてみれば、日本語にはこの「三年寝太郎」と同じような表現がけっこう多い。三年目の浮気などと言うが、本当にきっちり三年目に浮気する者がどれだけいるか。ここで会ったが百年目などと言うが、本当にきっちり百年目に会った者がどれだけいるか。百人乗っても大丈夫などと言うが、本当にきっちり百人乗っている物置がどれだけあるか。よく考えてみると問題のある表現ばかりだ。
料理名にしても同様だ。たとえば目玉焼きなど、日本語を習いたての外国人が聞いたらとんでもない誤解をしそうな名前である。下手をすれば国際紛争の原因にもなりかねない。これからの国際化の時代、こういう問題のある表現は排除すべきだろう。あいまいな表現や比喩表現は排除して、正確で明瞭な日本語を使おうではないか。
目玉焼きという名称は、本当に目玉を焼いた料理にしか使ってはいけない。親子丼という名称は、本当に親鶏とその親鶏が産んだ卵で作った料理にしか使ってはいけない。月見うどんという名称は、月を見ながらうどんを食べるときにしか使ってはいけない。スクランブルエッグという名称は、緊急発進するときに食べる卵にしか使ってはいけないのだ。
ことわざや慣用句のたぐいも同様である。目に入れても痛くないという言葉は、目薬かコンタクトレンズに対してしか使ってはいけない。鼻を高くするという言葉は、整形手術をした者かピノキオしか使ってはいけない。口が裂けてもという言葉は、口裂け女しか使ってはいけない。地獄耳という言葉は、デビルマンしか使ってはいけない。ミニにタコという言葉は、田代まさししか使ってはいけないのだ。
清水の舞台から飛び降りるという慣用句もそうだ。この言葉は、本当に清水の舞台から飛び降りるときにしか使ってはいけない。間違っても、二階の非常口から飛び出す程度の簡単な場合には使ってはいけないのだ。
例文:清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、清水の舞台から飛び降りた。
うむ、実にわかりやすい。
動物が出てくる言葉もそうだ。犬も歩けば棒に当たるという言葉は、本当に犬が棒に当たったときにしか使ってはいけない。夫婦喧嘩は犬も食わないという言葉は、本当に犬も食わない夫婦喧嘩のときにしか使ってはいけない。サツのイヌという言葉は、警察犬にしか使ってはいけない。犬飼という名前の人は、犬を飼わなければいけない。猿渡という名前の人は、猿を渡らなければならない。そういえば愛知県に犬山市というところがあるが、ここの観光名所は日本モンキーセンターである。とんでもないことだ。今すぐ猿山市に改名しなさい。
ところで、猿といえば日光猿軍団だが、軍団というからには猿たちが戦闘をするのだろう。初めて日光猿軍団の名前を聞いたときは私も内心そうだと思い込んでいたが、どうも違うようだ。単に猿たちが学校のコントをするだけで、銃を撃ったり戦闘機を操縦したりするわけではない。看板に偽りありである。電車を運転する猿ならいるが、あれは軍用列車ではないし。
その点、たけし軍団は、写真週刊誌を相手に実際に戦闘したことがある。よし、たけし軍団に関しては、軍団を名乗ることを許そう。
まあたけし軍団はそれでいいとして、会社でも同様の言葉はよく使われている。いつもお世話になっていますなどと言うが、本当にお世話になっていることは滅多にない。君には期待しているよなどと言うが、本当に期待されていることは滅多にない。必ず納期に間に合わせますなどと言うが、本当に間に合うことは滅多にない。ただいま席を外していますなどと言うが、本当に椅子を分解していることは滅多にない。重大会議を開催するなどと言うが、本当に会議が重かったり大きかったりすることは滅多にない。困ったものである。
あっ、ひょっとして重いとか大きいとかいうのは、会議の出席者のことなのかも。
どうも話がかなり脱線してしまった。おっと、脱線という言葉は、鉄道事故の場合にしか使ってはいけないのだった。
話を戻して、三年寝太郎である。本当に、一分一秒の狂いもなく三年間寝続けた者しか三年寝太郎という名前を使うことはできないのだ。そうでない者は、二年十一ヶ月二十五日寝太郎か、あるいはせめて約三年寝太郎と名乗りなさい。
といったところで今回の話は終わりである。
え? 約三年寝太郎ではオチになっていないって?
それでいいのだ。オチというのは、本当に落下している場合にしか使えないのである。