第154回   哀愁のダジャレ探偵 1997.9.23




 私の目の前には、惨殺死体があった。
 頭が鈍器のようなもので真っ二つにかち割られ、床にはおびただしい量の血が流れている。目をそむけたくなるほど無惨な姿だが、その死に顔は不思議と穏やかだった。
 京都府警の四条警部が言う。
「久遠寺さん、わざわざあなたに来ていただくほどの事件ではありませんよ。何しろ、殺されたのは犬ですからね」
「いや、人間だろうと犬だろうと、命の尊さには違いはありません。この事件は、私にまかせてください」
 私はそう答えると、横たわるシェトランドシープドッグの死体を調べ始めた。

 私の名は久遠寺翔吾、JDC(日本探偵倶楽部)に所属する私立探偵だ。人呼んで「ダジャレ探偵」である。
 私はこれまでに、幾多の難事件を解決してきた。 『究極のダイイングメッセージ事件』 『究極の密室殺人事件』 『究極の鬼首島連続殺人事件』 『究極のアリバイトリック事件』 『究極の見立て殺人事件』 などである。
 本来、私の専門は警察の手に余るような複雑怪奇な殺人事件である。それがなぜ、今回は「殺犬事件」などにかかわったのか。四条警部にはかっこいいセリフを吐いたが、本当は仕事がなかったからである。この半年間というもの、私の推理を必要とするような事件はまったく発生していない。この辺でひとつ事件を解決しておかねば明日の食事代さえあやうい、という状況だったのだ。殺犬事件だろうが殺猫事件だろうが、ぜいたくは言っていられない。

 四条警部が、私の背中に声をかける。
「せっかく来ていただいたのですが、すでに容疑者も動機も判明しています。容疑者は千石保、二十八才。この犬は、もともと彼の叔父夫婦の飼い犬だったのですが、最近その夫婦が相次いで病死しました。資産家で、遺産も十億をくだらない金額があったようです」
「なるほど。むかしむかしあるところに、叔父遺産と叔母遺産がありました、というわけですね」
「この夫婦の親戚は、千石のみでした。千石は、当然遺産は自分のものになると思っていたのですが、遺言状には『全額をこの犬に譲る』と書いてあったわけです。だから千石は犬を殺した。単純な事件ですよ」
 まずい。これで解決してしまっては、私の報酬はゼロだ。なんとかしなければ。
「どうやら、そんな単純な事件ではないようです。……この犬はひょっとして、いわゆる学者犬というやつではなかったですか?」
「そう、そのとおりです。子犬の頃から非常に頭が良くて、『327引く326は?』『王を中国語で何と読む?』などの問題にすらすらと答えていた、ということです」
「なるほど、すると、この犬の名前はトーマですね。トーマの神童、というくらいですから」
「トーマ? いや、調査によると名前はポチですが……」
「それは表向きの名前です。本当はトーマと呼ばれていたはずです」
「うーむ……」
 四条警部は納得していないようだ。私は、さらにダジャレ推理を続けた。
「わかっただがや。真犯人は、名古屋大学の関係者だがや」
「えっ、そうなんですか? しかし、なぜ急に下手な名古屋弁になるんです?」
「下手は余計だがや。このトーマの死に顔を見るだがや。まるで眠っているように、穏やかな死に顔だがや」
「すると……」
「つまり、スリーピング・みゃーでゃー、というわけだがや」
「なるほど、さすがは久遠寺さん、素晴らしい推理です。……おい、さっそく名大の関係者を探せ!」
 四条警部は部屋を出ていきながら部下に指示を与えた。

 ほどなくして、四条警部が帰ってくる。背後には、制服の警官に腕をつかまれた女性がいた。
「一人だけ、名大の関係者がいました。この女性です」
 その女性は、警官に向かって文句を言っていた。
「どおいうことよっ! わたしが何をしたってゆうのっ! はなしなさいよっ!」
 それを無視して、私は四条警部に話しかけた。
「やはり、そうでしたか。その女性、凶器を持っていたでしょう?」
「はい、金属バットを持っていましたが……護身用だと主張しています」
「なるほど。キャラメルは持っていましたか?」
「……いや、持っていません」
「ならば護身用というのはウソですね。護身用なら、キャラメルも持っていたはずですから。護身にキャラメル、というでしょう」
「なるほど、さすがは久遠寺さん、素晴らしい推理です。さっそく、逮捕状を請求します」
「どこが素晴らしい推理なのよっ! いいかげんにしないと承知しないわよっ!」
「いかん、思ったより凶暴だぞ。おいっ、早く連れて行け!」
「はいっ!」
 犯人は連行されていった。よかった。これで事件は解決だ。私にも報酬がはいる。

「ありがとうございました、久遠寺さん。あなたのおかげで、どうやら解決したようです」
「いや、当然のことをしたまでです」
「しかし、あの女性は犬好きだという話でしたが……一体なぜ、トーマの頭をかち割るなんて残酷なことをしたんでしょう?」
「空を見上げているうちに、ふと魔が差したんでしょうね」
「なるほど、太陽が黄色かったから、というやつですか?」
「いや、月が青かったからです。昔から言うでしょう、月がとっても青いから〜トーマ割りして帰ろ〜、と」


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